切除できる膵臓がんとボーダーライン膵臓がんの手術 術前術後の化学療法との組み合わせが生存率の向上に

遠藤格先生
監修:横浜市立大学大学院医学研究科消化器・腫瘍外科学教授 遠藤格先生

2018.4 取材・文:星野美穂

 手術で切除できる膵臓がんは、膵がん全体の3~4割ほどです。がんを切除し、術後に抗がん剤治療を行った場合の生存率が約40%という臨床試験の報告があります。難治がんと言われてきた膵臓がんの状況を考えると、希望がもてる数値になってきています。切除可能な膵臓がんについて、その診断と手術、そして術後補助化学療法について詳しく解説していただきました。

切除可能な膵臓がんと切除不能な膵臓がんの違い

 膵臓がんは取り残しのない手術ができるかどうかという観点から、切除可能な膵臓がん、ボーダーライン(切除可能境界)膵臓がん、切除不能な膵臓がんの3つに分けられます。

 切除不能な膵臓がんには2種類があり、1つは、がんが見つかったとき、すでに膵臓周辺の他の臓器へ転移している場合です。肝臓、腹膜、肺など、遠隔臓器への転移は、がん細胞が血流などを通して全身に広がっていることを示しています。膵臓にあるがんだけを切除しても根本的な治療にならないため、手術は行わないという選択になります。

 また、膵臓の内部や周囲にはたくさんの主要な血管があります(図1)。もう1つの切除不能な膵臓がんは、膵臓内や周辺の主要な血管にがんが浸潤(がんが増殖して次第に組織に入り込むこと)している場合です。このような膵臓がんでは、完全にがんを切除することが難しく切除不能となります。また、すでに転移している確率が高いため、切除しないという選択をすることも多くあります。

 つまり、切除可能な膵臓がんとは、この2つにあてはまらない、「がんが他の臓器に転移していないもの」、そして「膵臓の周囲の血管に浸潤していないもの」ということになります。

図1 膵臓周囲の血管

膵臓周囲の血管

膵臓がんの切除手術の新たな概念、ボーダーライン膵臓がんとは

 切除可能な膵臓がんと切除不能な膵臓がんのほかに、最近では、中間的な位置づけとなるボーダーライン膵臓がんという分類ができました。がんが主要な血管に接していても、化学療法でがんが小さくなり、切除ができる可能性があるがんを、ボーダーライン膵臓がんとして分類しています(図2)。

 ボーダーライン膵臓がんは、門脈(肝臓から続く静脈)に浸潤していても切除可能とされる「BR-PV膵臓がん」と、膵臓の周辺の動脈(上腸管膜動脈など)に浸潤していても切除可能とされる「BR-A膵臓がん」に分けられます。

 原則として、膵臓がんが門脈に接していても、半周に満たない浸潤であれば「切除可能」と判断されます。ところが、門脈に半周以上接している膵臓がんでも、門脈再建が安全に行える場合があります。これを、「BR-PV膵臓がん」と定義しています。ただし、門脈浸潤が広範囲で再建が安全に行えない場合は、「切除不能」と判断されます。

 一方、上腸管脈動脈などの膵臓周囲の主要な動脈に浸潤しているがんのうち、半周未満で動脈に接しているがんは、「BR-A膵臓がん」として切除可能境界とされます。半周以上接しているものは「切除不能」となります。

 当院の場合は、膵臓がんが見つかった症例のうち3~4割程度が、BR-PV膵臓がんとBR-A膵臓がんを含めた切除可能な膵臓がんと判断されています。

 ただし、切除可能と判断された場合でも、どの動脈にがんが浸潤しているかによって予後は異なります。これまで経験した症例の経過を振り返ると、肝動脈に浸潤している場合の予後はそれほど悪くありませんが、上腸間膜動脈に浸潤している場合は、予後は悪い場合が少なくありません。そのようなケースでは、手術をして体力を低下させたり、合併症のリスクを抱えるよりは、抗がん剤治療を行うことを考えます。

図2 ボーダーライン膵臓がん

ボーダーライン膵臓がん

手術可能な膵臓がんの10%で、審査腹腔鏡により転移が見つかる

 膵臓がんが切除可能か不能かを判断するには、造影CTによる検査を行い、血管への浸潤の様子を見ます。転移の有無はPETで検査します。ただし、PETで見つかるのは5mm以上の転移がんです。5mm以下のがんはPETで見つけることは非常に難しくなります。

 そのため、手術可能と判断された膵臓がんの場合でも、手術時にはまず最初に、腹腔内に内視鏡を入れて調べる審査腹腔鏡による検査を行います。肉眼で肝臓や腹膜に転移がないかを確認します。CTやPETでも見つからない1~2mmの小さな転移があるかもしれないからです。切除可能な膵臓がんといわれていた場合でも、審査腹腔鏡によって、およそ10~20%の症例で転移が見つかります。転移が見つかった場合は切除不能と判断され、その時点で手術を中止し、術後なるべく早く抗がん剤による治療を開始します。

膵臓がんの代表的な手術は、膵頭十二指腸切除術、膵体尾部切除術、膵全摘術の3つ

 膵臓がんの術式は、がんができている場所によって決まります。

 がんが膵臓の頭部(膵臓をおたまじゃくしに見立てた場合の頭のほうの部分)に存在する場合は、「膵頭十二指腸切除術」が行われます(図3)。この手術では、膵頭、十二指腸、小腸の一部である空腸、胆のう、下部胆管と、周辺のリンパ節を切除します。これらの臓器を切除したあと、残った臓器と臓器をつなぎ合わせます。

 がんが膵臓の体部(真ん中あたり)、尾部(細くなっている部分)にあった場合は、「膵体尾部切除術」という手術が行われます。この手術では、膵体尾部とともに、脾臓や、脾臓に酸素や栄養を送る脾動脈という血管も周辺リンパ節とともに切除されます。膵頭十二指腸切除術と比べると、術後に臓器と臓器をつなぐ必要もなく、体の負担も少ない手術です。

 がんが膵臓全体に広がっている場合、通常では切除不能と判断されますが、IPMNと呼ばれる良性腫瘍ががん化した腫瘍(IPMC)では、膵臓をすべて摘出することもあります。膵全摘術では、膵頭十二指腸切除術と同様に、十二指腸、空腸の一部、胆のうと下部胆管も一緒に切除されます。

図3 膵臓がんの代表的な切除術

膵臓がんの代表的な切除術

膵臓がんの開腹手術と腹腔鏡下手術のメリット・デメリット

 膵臓がんで行われる手術には、開腹手術と腹腔鏡下手術があります。日本では、膵体尾部切除術にだけ、腹腔鏡下手術の保険診療が認められています。

膵臓がんの開腹手術と腹腔鏡下手術のメリット・デメリットとは?
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プロフィール
遠藤格(えんどう・いたる)

1985年 横浜市立大学医学部卒業。横浜市立大学医学部附属病院研修医
1991年 横浜市立大学附属病院外科学第2講座助手
1994年 米国カリフォルニア大学ロサンジェルス校肝移植センター留学
2002年 横浜市立大学附属病院外科学第2講座講師
2005年 横浜市立大学大学院医学研究科消化器病態外科学准教授
2006年 米国スロン-ケタリン記念がんセンター留学
2009年 横浜市立大学大学院医学研究科消化器病態外科学教授
2016年 横浜市立大学附属病院副院長
2018年 横浜市立大学副学長