前立腺がんの「PSA検診・ 直腸診・生検」

監修者荒井陽一(あらい・よういち)先生
東北大学病院 泌尿器科教授
1953年山形県生まれ。京都大学医学部卒。公立豊岡病院泌尿器科医長、京都大学医学部附属病院泌尿器科講師、倉敷中央病院泌尿器科主任部長を経て、2001年東北大学大学院医学系研究科・泌尿器科学分野教授。2003年東北大学病院長特別補佐、2004年東北大学病院副病院長。

本記事は、株式会社法研が2011年7月24日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 前立腺がん」より許諾を得て転載しています。
前立腺がんの治療に関する最新情報は、「前立腺がんを知る」をご参照ください。

がんの疑いから確定までPSA検診・直腸診・生検

手軽なPSA検診でがんの可能性がわかる

 前立腺がんという病気の大きな特徴の一つは、早期に発見する簡単な手段があることです。もう一つは、早期にみつけることができれば、根治できる多くの治療方法があるということです。
 早期発見に欠かせないのがPSA値を測るPSA検診です。PSAとは前立腺でつくられるたんぱく質で、もともとは精液の一部である前立腺液に含まれています。前立腺にがんが発生して組織が傷つくとPSAは血管のなかにもれ出し、血液中のPSA値が上昇します。
 PSA以外にも、特定の物質の増加が、がんの発生を疑わせることは知られており、腫瘍(しゅよう)マーカーとして広く診断に役立てられていますが、なかでも、PSAは非常にすぐれたマーカーです。
 PSAは、前立腺肥大症や前立腺炎によっても値は高くなるのですが、異常がある臓器は前立腺と特定することができるため、がん診断の目安としてはとても有効です。そのため、血液検査という簡単な手段で、がんの可能性を測ることができるのです。

前立腺の位置と構造

PSA値が4を超えると前立腺がんの疑いあり

 前立腺がんの初期には、これといった症状がありません。そこで、検診で疑いをもつかどうかが発見のポイントです。
 前立腺がんの検査・診断は、大きく分けると次の三つのステップがあります。

 1 検診で疑いをもつ
     ↓
 2 前立腺生検で診断を確定
     ↓
 3 悪性度と広がりを判定

 以下、それぞれのステップごとに、検査の内容と診断の方法について説明します。

1 検診で疑いをもつ

 血液検査で簡単にわかるPSA値。
 前立腺に異常があるとPSA値が上昇します。
 4を超えたら前立腺がんを疑いましょう。

50歳過ぎたらPSA検診を受けよう

PSA値は前立腺がんの可能性を測るのに有効

 前立腺がんになるのは、多くの場合、50歳以上の人です。逆にいうと50歳以上の男性であれば、誰でも前立腺がんになる可能性があります。ただし、家族に前立腺がんになった人がいる場合は、40歳代から注意してください。
 前立腺がんの疑いがあるかどうか、最初の段階で大切なのがPSA(前立腺特異抗原)検診です。PSAは前立腺でつくられているたんぱく質の一種で、健康な人の血液中にも存在していますが、前立腺に異常があると、PSAが血液中にもれ出し、PSA値が上昇します。
 PSA値が4ng/mL(以下、単位略)を超えたら、前立腺がんを疑ってみる必要があります。PSA値が4~10の場合では15~30%、10を超える場合では約50%の人にがんが見つかっています。ただ、PSA値が4を超えているからといって、必ず前立腺がんであるとは限りません。PSAはがん以外のものに反応して数値が高くなることがあり、たとえば前立腺肥大症になると、一部の人はPSA値が4を超えます。

PSA検診は前立腺がんによる死亡率を40%減少させる

 一方、困ったことにPSA値が4以下であっても、前立腺がんではないと断定できないのです。とくにPSA値が1.1以上の場合は、年に1回はPSAを測るように、お勧めします。画像検査では見つけられない小さながんができていて、何年かあとに4以上になる可能性があるからです。とはいえ、むやみに検査回数を増やす必要はありません。PSA値が1以下なら3年に1回程度、PSA検診を受ければいいでしょう。前立腺がんは進行がゆっくりしているので、PSA検診の間隔は年単位で考えれば大丈夫です。
 PSA値は自治体や企業の健康診断の検査項目には入っていないこともあるので、50歳以上の人は、何かで血液検査を受けるついでに、医師にひとこと、「PSA値も測ってください」とつけ加えるといいでしょう。料金は1000~3000円程度です。
 PSA検診がいかに有効であるかを示す研究結果が、2010年8月にスウェーデンで発表されました(上のグラフ)。この研究では、14年間にわたって患者さんを追跡調査し、PSA値を測ることにより、前立腺がんによる死亡率が約40%も下がることを明らかにしました。

直腸診は前立腺がんの発見に役立つ

 PSA検診を補う検査として、直腸診と経直腸エコーがあります。直腸診は医師が肛門(こうもん)から指を入れて、直接、前立腺を触るものです。がんがあると前立腺に硬くなっている部分があるので、怪しいとわかります。
 実は前立腺がんのうちの一部にPSA値が上昇しないタイプのものがあります。このタイプのがんをみつけるには、直腸診が大きな役割を果たしています。
 また、50歳以上の男性では、前立腺肥大症で泌尿器科を訪れる患者さんも大勢います。前立腺肥大症の診察でも直腸診が行われるため、このときに医師が前立腺がんを疑うこともあります。
 経直腸エコーは、肛門からプローブ(超音波を発信して測定する棒状の器具)を入れて、画像で観察する検査です。がんがあると、画像上、黒く抜けて見える性質があります。ただし、早期の小さな前立腺がんは、この検査では発見できません。
 このほか、一般的な血液検査や尿検査などの結果から総合的に判断して、前立腺がんが疑われる場合は、前立腺に針を刺して細胞を採取し、顕微鏡で調べる前立腺生検を行います。

PSA検診を補う2つの検査

2 前立腺生検で診断を確定

 がんであるかどうかを確定するために、前立腺に針を刺して組織を採り顕微鏡で観察する前立腺生検を行い、がん細胞の有無を調べます。

針を刺して組織を採取、麻酔で痛みはなし

生検でがんの診断を確定する

 前立腺生検(以下生検)の針は前立腺内部のいろいろな領域をカバーできるように、12本程度刺すのが一般的です。直腸から針を刺す方法と、会陰(えいん)部から針を刺す方法があります。入院で生検を実施している施設もありますが、私の勤務する東北大学病院泌尿器科では、原則として外来で実施しています。
 患者さんには生検前に、感染症を防止するため抗菌薬を服用してもらいます。直腸から針を刺す方法では、肛門から超音波プローブを入れて前立腺を観察しながら、自動生検装置によって前立腺に針を刺し、組織を採取します。局所麻酔をするので、検査時に痛みの心配はありません。
 前立腺やその周囲は血流が多く、直腸にも比較的太い静脈が走っています。このため、検査後に直腸出血や血尿がみられることがあります。また、感染症によって前立腺が腫(は)れ、尿が出にくくなったり、発熱したりすることがあります。ただし、いずれも対処可能なものです。
 生検によって採取した組織は、病理医が顕微鏡で観察して、がんであるかどうかを判断します。結果が出るまでに2~3週間かかります。
 顕微鏡で観察した際に、それ自体はがんではないものの、がんが存在することを疑わせる組織構造がみられることがあります。その場合は、再度、生検を実施し、前立腺がんかどうかを見極める必要があります。

3 悪性度と広がりを判定

 採取した組織の顕微鏡検査から悪性度を、画像検査や直腸診から、がんの広がりを調べ、治療法選択のための情報を得ます。

グリソンスコアで悪性度を見極める

 がん細胞の組織構造は、正常な状態に近い1から、悪性度の高い5まで5段階に分けられ、グリソンパターンとして点数化されています。
 生検で採取した組織を顕微鏡で観察する際にこのパターンに照らし合わせ、細胞の組織構造によって、がんの悪性度(がんの性格)を点数化してランクづけします。これをグリソンスコアといいます。
 もっとも面積の広い組織構造パターンの数字と、2番目に面積の広い組織構造パターンの数字を足した数字が、グリソンスコアになります。したがって、グリソンスコアには2(1+1)~10(5+5)の9段階があります。

グリンスコアで悪性度を判定する

画像検査や直腸診で病期を確かめる

 CT、MRI、経直腸エコーといった各種画像検査や直腸診によって、病期(がんの広がり)を確認する必要があります。
 前立腺がんには多くの治療法がありますが、治療方針を決めるにあたっては、がんが次の三つのどの状態であるかを、まず確かめることが大切です。

・限局がん:がんが前立腺内にとどまっている
・被膜外浸潤(しんじゅん)(局所進行がん):がんが前立腺表面の膜を破って広がっている
・転移がん:がんが近くのリンパ節やほかの臓器にまで広がっている

 病期の分類には、ほかのがんでもよく使われるTNM分類が使われています。Tは原発巣(げんぱつそう)(がんが最初にできた臓器におけるがんのかたまり)に関する状態を示すものです。原発巣の大きさと進展度を4段階に分けて表記します。
 Nは所属リンパ節(原発巣のある臓器とつながりのあるリンパ節)への転移を示すものです。
 Mは遠隔転移(原発巣とは別の臓器への転移)の有無を示すものです。
 TNM分類はいろいろながんについて使われていますが、前立腺がんの場合は表のように定められています。
 前立腺がんの治療でとくに大切なのは、がんが前立腺内にとどまっている限局がんかどうかです。これによって、治療方針が大きく変わります。限局がんなら、さまざまな治療法による根治が可能です。
 被膜外浸潤(局所進行がん)がみられる場合は、根治できることもありますし、根治できなくても、可能な治療法を選択し、うまく病気をコントロールしていけば、健康な人と同じように生活していくことができます。
 遠隔転移がみられる場合は、根治は難しくなります。そこで、病気とうまくつきあいながら、いかに寿命を延ばしていくかを考えます。前立腺がんの場合、病気の進行がゆっくりしているので、遠隔転移がみられても、適切に治療することにより天寿をまっとうできることもあります。
 前立腺がんは骨に転移しやすい性質があり、転移がみられた場合は痛みを緩和するための治療が必要です。また、精神面のケアも大切になってきます。

TNM分類でがんの広がりを確認する

●病期別5年生存率の目安
●がんが前立腺内に限局 70~90%
●前立腺周囲に広がっている 50~70%
●リンパ節転移がある 30~50%
●骨などに遠隔転移がある 20~30%

「東北大学病院泌尿器科HP より」

骨シンチグラフィで転移の有無を確かめる

骨シンチグラフィによる画像:黒く写っている部分が骨に転移したがん

 前立腺がんは骨に転移しやすい性質があります。そこで、骨転移の有無を調べることのできる骨シンチグラフィと呼ばれる検査を実施します。
 この検査は、放射線を放出する性質のある薬剤(放射性薬剤)を静脈から注射し、骨に集まった放射線を測定するしくみです。放射性薬剤は、がん細胞に取り込まれる性質があるため、全身の骨のどの部分にがん細胞が転移しているか、画像によって確認することができるのです。

論争に終止符!PSA検診は前立腺がんの死亡率低下に有効

 以前、PSA検診は必ずしも前立腺がんの死亡率を減らさないのではないか、という指摘がなされたことがあります。2007年に厚生労働省の研究班が、「PSA検診が前立腺がんによる死亡率を下げている科学的な根拠はなく、公費を支出して検診を実施する必要はない」という趣旨のことを発表したのです。日本泌尿器科学会は、以前からPSA検診の大切さを強調してきていたので、論争となりました。
 この論争の背景には、PSA検診を受けた人と受けていない人を比べたところ、前立腺がんによる死亡率に差がなかったという、アメリカの研究結果がありました。
 しかし、ほぼ同時期のヨーロッパの研究では、PSA検診を受けた人のほうが、前立腺がんによる死亡率が20~30%程度低いという結果が出ていました。

PSA検診で前立腺がん死亡率が40%も低下

 二つの研究になぜこのような大きな差が出たのでしょうか。それは、アメリカではPSA検診が早くから普及していたため、治療が必要な人はすでに治療を受けてしまっていたからです。一方、ヨーロッパではアメリカほどPSA検診が普及しておらず、こうした現象がおこりませんでした。
 論争に決着をつけたのが、本文でも紹介したスウェーデンでの研究結果です。2010年8月に発表されたこの論文では、PSA検診を受けることによって、前立腺がんによる死亡率が約40%も低下することが示されました。