前立腺がんの「強度変調放射線治療(IMRT)」治療の進め方は?治療後の経過は?
- 幡野和男(はたの・かずお)先生
- 東京ベイ先端医療・幕張クリニック院長
1956年山梨県生まれ。日本大学医学部卒。国立病院医療センター、榛原総合病院放射線科医長、米国ペンシルバニア・ハーネマン医科大学放射線腫瘍科フェロー、千葉大学医学部講師を経て、94年から千葉県がんセンター放射線治療部部長。2000年IMRT国内第1例を手がける。13年12月より東京ベイ先端医療・幕張クリニック院長に就任。
本記事は、株式会社法研が2011年7月24日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 前立腺がん」より許諾を得て転載しています。
前立腺がんの治療に関する最新情報は、「前立腺がんを知る」をご参照ください。
照射に強弱をつけて合併症を防ぐ
形を自在に変えるマルチリーフコリメーターと綿密な治療計画で、放射線の照射に強弱をつけ、前立腺だけに高い放射線量を集中させます。
放射線をピンポイントにより緻密に照射する療法
強度変調放射線治療は、前立腺の前後に位置する膀胱(ぼうこう)や直腸に当たる放射線の線量を減らし、目的とする部位に対しては高い線量を当てることのできる治療法です。治療効果を高めると同時に、排尿や排便の障害や直腸からの出血といった合併症を極力少なくすることができます。
強度変調放射線治療は英語でintensity modulated radiotherapyといい、その略語からIMRTと呼ばれています(以下IMRT)。限局がんであれば、IMRTはあらゆるがんの治療に健康保険が適用されています。
放射線療法は、放射線を当てることにより、がん細胞を傷つけて増殖できないようにする治療法です。放射線療法には体の外側から放射線を当てる外照射と、体の内側から当てる内照射がありますが、IMRTは外照射の一つです。
外照射で普及しているのは、三次元原体照射(3D-CRT)という方法です。これは目的とする患部の形に合わせて照射範囲を調節することにより、放射線を当てたくない正常組織に、なるべく放射線が当たらないように工夫したものです。以前は放射線の照射口の四角い形のままでしか放射線を当てることができなかったので、3D-CRTは一つの大きな進歩ではありました。
IMRTは3D-CRTをさらに発展させた方法です。3D-CRTでも、照射範囲自体は患部の形に合わせていますが、その形のなかはすべて均一の線量が当たります。
これに対して、IMRTでは、照射範囲のなかでも放射線の線量に強弱をつけることができます。前立腺がんの治療の場合、IMRTでは一つの方向からの照射について十数種類の形を作ることで、照射範囲のなかの放射線量に強弱をつけています。これを7方向から照射するので、立体的に考えると、放射線がたくさん当たっているところと、少ししか当たっていないところをより細かくつくり出すことができます。
3D-CRTでも、放射線をたくさん当てたいところと、なるべく当てたくないところとをある程度、区別できますが、IMRTでは、一層厳密に、その区別ができるわけです。下記の上図は今の説明を模式的に示したものです。
また、下記の下図は線量分布が地図の等高線のように描かれています。赤い線の内側は放射線が95%以上当たるところで、1本外側にいくにしたがって、放射線の強さが10%ずつ低くなっています。IMRTのほうが3D-CRTに比べて、線の間隔が細かくなっていて、それだけ厳密に放射線量がコントロールされていることがわかります。
7方向から強弱をつけ理想的な線量分布を実現
IMRTの特徴は、一つの方向からの照射範囲のなかに放射線量の強弱をつけることと、それを多方向から当てた場合に、理想的な線量分布になるように設計できることです。
強弱をつけるために使われているのが、マルチリーフコリメーターと呼ばれる装置です。この装置は左右60枚ずつ、計120枚の細長い金属板が、じゃばらのように開閉することで、いろいろな形を作ることができます。
下記の「マルチリーフコリメーターのしくみ」中央の模式図でグレーの部分が金属板です。この金属板はタングステンでできていて、放射線をさえぎることができます。白い部分はさえぎるものがないので、放射線が当たります。金属板を動かすと、白い部分の形を変えることができます。形を十数種類変えて照射を繰り返せば、一つの照射範囲のなかに放射線量の強弱をつけることができるわけです。
前立腺がんに対するIMRTでは、7つの方向から放射線を当てますから、当てる方向とマルチリーフコリメーターで作る形を立体的に考え、もっとも理想的な線量分布を作り出します。
医師がどの部位にどれだけの放射線量を当てるか指示し、その指示に基づいて医学物理士がコンピュータを使って細かく計算していきます。
排尿障害を予防するため禁煙が治療の絶対条件
日本でのIMRTは、2000年に千葉県がんセンターが初めて導入しました。2006年に先進医療として認められ、前立腺がんについては2008年に健康保険が適用されました。そして2010年には、限局がんであれば、すべてのがんに対して健康保険が適用されています。こうした適用範囲の拡大は、導入後の成績が良好であることを示しているといえるでしょう。
IMRTを使って治療している施設は、全国に約70施設ありますが、健康保険が適用されたため、この数は今後増えていくものと思われます。
IMRTによる治療は、がんが膀胱や直腸に浸潤(しんじゅん)している、骨などに転移しているなど、進行がんの場合はできませんが、限局がん、局所進行がんの場合は治療できます。
ただし、IPSS(国際前立腺症状スコア)という検査を行い、前立腺に残尿感や尿の切れが悪いといった何らかの症状がみられる場合は、限局がんや局所進行がんであっても、IMRTを行わないことにしています。正確にいうと、IMRTだけでなく、放射線療法そのものを行いません。もともとそうした排尿障害の症状が強い場合には、放射線療法(IMRTを含む)を行うと、症状がより強くなって、治療後の生活に著しい問題が生じる危険が高くなるためです。
また、当施設では、タバコを吸っている人に放射線療法は行いません。これまで吸っていた人にも、治療を機会にきっぱりとやめることを約束してもらいます。タバコを吸っていると、治療後の排尿障害が強く現れるからです。
千葉県がんセンターで放射線療法を行わない例
●IPSS(国際前立腺症状スコア)で前立腺に一定程度以上の症状がみられる場合
●タバコを吸っている場合
●重篤な糖尿病の場合
●同時重複がんがある場合
●治療計画の立案に医学物理士が活躍
IMRTの治療にはチームワークが大切です。千葉県がんセンターの場合、放射線治療部では医師4名、医学物理士3名、診療放射線技師8名(うち2名は非常勤)、看護師2名、受付1名のスタッフで治療に当たっています。 IMRTではとくに、医学物理士の存在が重要です。医師と連携しながら詳細な治療計画を立てるのは、医学物理士の仕事です。 治療計画では照射する放射線量の最適な分布を得るために、どの位置でどのように照射を行うかなどを、コンピュータ上で設定していきます。治療後の検証や評価、治療装置の品質管理なども医学物理士の仕事となります。 医学物理士の仕事を医師が行っている施設もありますが、数多くの患者さんを治療するためには、専門の医学物理士が必要です。 日本では医学物理士の資格をもつ人が少ないのですが、千葉県がんセンターの場合は、創立当初から物理室があり、医学物理士がスタッフとしていたため、IMRTの導入がスムーズに進みました。
治療の進め方は?
治療方針を決めるカンファレンス、治療計画立案、検証試験と手順を踏んで治療を始めます。照射は38回に分けて実施し、治療期間は約2カ月です。