前立腺がんの「陽子線治療」治療の進め方は?治療後の経過は?
- 村山重行(むらやま・しげゆき)先生
- 静岡県立静岡がんセンター 陽子線治療科部長
1958年生まれ。東京大学理学部物理学科卒。大阪大学医学部卒。放射線医学総合研究所病院部、大阪大学医学部放射線医学教室、国立がんセンター中央病院放射線治療部を経て、2002年から現職。陽子線治療のスペシャリストとして活躍中。
本記事は、株式会社法研が2011年7月24日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 前立腺がん」より許諾を得て転載しています。
前立腺がんの治療に関する最新情報は、「前立腺がんを知る」をご参照ください。
ピンポイント照射で体に優しい陽子線治療
放射線の一種である陽子線を使う治療法です。
ダイナミックな装置で陽子を加速し、標的に照射。合併症の少ない治療ができます。
陽子線の性質を利用しピンポイントで狙い撃つ
陽子線治療は放射線療法の一種です。陽子とは水素の原子核のことで、プラスの電気を帯びた粒子です。陽子線治療では、まず、水素ガスをもとにして、水素原子から電子を引き離して陽子をつくります。その陽子を加速器を用いて、光の速度の70%にまで加速すると、体に浸透しやすい陽子線となります。光速の70%というのは1秒間に地球を約5周するくらいの速さです。
陽子線は放射線量が低い状態で体のなかに入り、ある一定の深さで完全に止まります。この止まる寸前のところで最大のエネルギーを放出、つまり、ここで放射線量はピークになります。この放射線をがん細胞にぶつけてDNAを傷つけ、増殖を抑えて死滅に導くのが、陽子線治療です。
陽子線が止まる深さは自在にコントロールすることができ、エネルギーを放出したあとは、それより奥には進みません。
このようにピンポイントで狙い撃つことができる性質をもつため、前立腺のように体の奥にある臓器を治療する際にも、体の表面や浅いところ、あるいは前立腺よりさらに奥側にある正常組織にはあまり影響を与えず、合併症を最小限に抑えることができます。
陽子線治療は、基本的には重粒子線治療と似た治療法です。どちらも何回かに分けて照射を行いますが、陽子線治療の場合、1回当たりの放射線量を少なくして合併症を抑えています。このため、重粒子線治療より照射回数が多くなります。前立腺がんの治療では、8週間かけて37回の治療を行っています。
私の勤務する静岡県立静岡がんセンターでは、前立腺がんの陽子線治療が、先進医療として認められています。
ほかに陽子線治療が先進医療として認められている施設は、承認年順に、国立がん研究センター東病院(千葉県)、兵庫県立粒子線医療センター、筑波大学附属病院陽子線利用研究センター(茨城県)、(財)脳神経疾患研究所附属南東北がん陽子線治療センター(福島県)、メディポリス医学研究財団がん粒子線治療研究センター(鹿児島県)、福井県立病院陽子線がん治療センターです。
前立腺がんが約40%、転移がなければ治療可能
当施設では、2003年10月から陽子線治療を始めました。さまざまながんの治療を行っていますが、もっとも多いのは前立腺がんの患者さんです。
2003年10月から2008年12月までのデータでは、当施設で陽子線治療を受けた患者さんは691名です。そのうち280名、割合にして約40%を前立腺がんの患者さんが占めています。
陽子線で治療できるのは、限局がんと局所進行がんです。手術療法や放射線療法の外照射など、前立腺がんの完治をめざす治療ができる場合は、すべて陽子線治療の対象になりますが、リンパ節転移やほかの臓器に転移のある進行がんの場合、陽子線では治療できません。
当科では毎週1回、泌尿器科と合同カンファレンス(症例検討会)を開き、患者さん一人ひとりについてどんな治療法が適しているか意見交換しています。当科にかかった患者さんにすべて陽子線治療を行うわけではなく、多種の治療法からその患者さんにもっとも適した治療法を検討します。
私自身は陽子線治療科の医師ですが、患者さんには泌尿器科医の意見も聞いてもらったうえで、治療法を選んでもらいます。
●陽子を加速し、回転ガントリー照射室に
前立腺がんの陽子線治療には、回転ガントリー照射室が使われています。患者さんは横たわった状態で、照射装置が回転し、最適な角度からがんの大きさや深さに応じて陽子線が照射されます。
回転ガントリー照射室の壁の裏側には、回転機構を生む巨大な機械(ガントリー)が設置されています。ガントリーは全長、高さとも10m、総重量は170トンです。患者さんからは見えませんが、照射装置が回転しているときは、その裏側でこの巨大な機械(ガントリー)も回転しているのです。
このガントリーにつながるのが、陽子線を送り込んでいる加速器です。水素ガスからつくり出された陽子が、線型加速器に送り込まれ電気エネルギーで加速されます。
さらに、サーキットのようにぐるぐる回る全周20mのシンクロトロンという装置で、陽子の本格的な加速が行われます。シンクロトロンでは、磁石で経路を曲げながら陽子を走らせ、光速の60~70%という猛スピードに加速します。
こうしてつくられた陽子線が回転ガントリーを経て、患者さんに照射されるしくみです。
治療の進め方は?
説明と同意、固定具作成、治療計画の立案、検証などの準備期間ののち、8週間かけて計37回の照射を実施。通院で治療ができます。