肝臓がんの「肝動脈化学塞栓療法」治療の進め方は?治療後の経過は?
- 荒井保明(あらい・やすあき)先生
- 国立がん研究センター中央病院院長 放射線診断科長
1952年東京生まれ。79年東京慈恵会医科大学医学部卒。国立東京第二病院内科研修医、レジデントを経て84年より愛知県がんセンター勤務。97年同放射線診断部長。2004年、国立がんセンター中央病院放射線診断部長に就任。同病院副院長などを経て、現職に至る。
本記事は、株式会社法研が2012年12月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 肝臓がん」より許諾を得て転載しています。
肝臓がんの治療に関する最新情報は、「肝臓がんを知る」をご参照ください。
がんを抗がん薬でたたき兵糧攻めにする
がんに栄養を送る血管に抗がん薬と血管をふさぐ物質を入れ、血流を止める治療法です。
肝切除やラジオ波焼灼(しょうしゃく)療法では治療の難しい進行がんに選択されます。
血液をたくさん必要とする肝臓がんならではの治療法
肝動脈化学塞栓療法(TACE:transcatheter arterial chemoembo-lization)とは、がんに栄養を送る血管に抗がん薬とゼラチン粒状の物質を入れ、抗がん薬でがんを攻撃し、同時に血流を詰まらせることによって、がんを死滅させる治療です。
栄養路を遮断する兵糧攻めと、抗がん薬の二重の効果で、より高い腫瘍壊死(しゅようえし)効果を狙います。
また、抗がん薬のほとんどががんやその周囲の血管にとどまり、がんに的を絞って作用するので、薬を全身に使う化学療法のような副作用が少なく、少ない量でも効果が得られます。
肝臓がんの成長には、ほかの部位のがんよりも、多くの血液を必要とするため、血流が豊富になっています。だからこそ、がんに栄養を運ぶ血流を遮断する兵糧攻めが効果的なのです。
「肝切除」、「ラジオ波焼灼療法」と並ぶ、肝臓がんの三大治療の一つが、この肝動脈化学塞栓療法です。
当センターでは、年間約500件の肝動脈化学塞栓療法を行っています。1日に何件も行うほど治療数が多いのが当センターの特徴といえるでしょう。それを可能にするのは、充実したスタッフです。肝動脈化学塞栓療法を含めた血管内治療を行う放射線科医は9人おり、そのうち6人がこの種の治療の専門医です。
肝動脈を詰めるだけの治療から抗がん薬との併用療法へ
この治療の前身に当たる「がんに対する血管からの局所治療」が始まったのは、今から50年ほど前です。肝臓がんに対して動脈を遮断してがんを死滅させる治療法が試みられるようになったのは約35年前で、当時和歌山県立医科大学にいた山田龍作(りゅうさく)先生(現・大阪河崎(かわさき)リハビリテーション大学学長)が開発、普及させました。
当初は抗がん薬を用いず塞栓物質だけを詰める肝動脈塞栓療法も行われていました。その後、抗がん薬を併用したほうがより効果的であることが、経験的にわかってきたので、今は抗がん薬と塞栓物質を併用する肝動脈化学塞栓療法が一般的になっています。
いわば経験的に行われていた肝動脈化学塞栓療法の効果が科学的に検証されたのはおよそ10年前です。2002年に発表されたスペインでの臨床試験の結果では、2年生存率が63%でした。また、日韓共同で行った臨床試験(2012年に発表)では、2年生存率が75%でした。これらの結果を通じ、日本で生まれた肝動脈化学塞栓療法は、世界中の肝臓の専門医が認める標準治療となっています。
しかし、抗がん薬を用いない肝動脈塞栓療法だけでは効果が弱いとする明確なエビデンスはなく、抗がん薬との併用がよいかどうかは未だ議論が分かれるところです。私自身は、患者さんに苦痛を伴うなどの不利益がなければ、そして、塞栓と抗がん作用の合わせ技をすることで、より高い効果が得られるなら、そのほうがよいと思っています。
肝切除ができず、ラジオ波焼灼療法も難しい人が対象
肝動脈化学塞栓療法ができる条件は、日本肝癌(がん)研究会編集の『肝癌診療ガイドライン(2009年版)』によると、肝障害度がAかB、がんの数が3個以内であれば3cmを超えたもの、あるいはがんの数が4個以上のもの、となっています。位置づけとしては、肝切除ができずラジオ波焼灼療法では効果を得るのが難しい患者さんが対象になります。
体力があれば年齢にかかわらず治療が可能です。一方、若くても体力が極端に落ちている人や、重い持病がある人は、治療ができない場合があります。
道具の工夫や手技の向上で狙った血管に確実に注入する
肝動脈化学塞栓療法は、肝動脈に抗がん薬と血管をふさぐ物質を入れる治療です。実際には、足のつけ根(または腕)の動脈を穿刺(せんし)して細く軟らかいカテーテルという管を入れて、がんに栄養を与えている肝動脈まで届かせます。そこに抗がん薬と造影剤を混ぜた液(エマルジョン)を注入し、そののち、塞栓物質を入れて血管をふさぎます。
こうして栄養路を絶たれてしまったがん細胞はいずれ死んで、免疫細胞に食べられます。治療後数週間の画像で見ると、がんが少しずつ小さくなっていくのがわかります。
最近ではマイクロバルーンという道具を併用した治療も行われています。その名のとおり、マイクロカテーテルの先につけて血管内でふくらませて使います。エマルジョンが入りにくかったり、入れてもあふれてしまったりするようなときに、手前でバルーンをふくらませて血流を止めておくと、エマルジョンが入りやすくなるのです。
目的は予後をのばすこと くり返しできる点がメリット
この治療の目的は、「予後をのばすこと」にあります。肝動脈化学塞栓療法をすると確かにがんは小さくなります。そのまま画像からは消えてしまうこともありますが、また大きくなっていくがんもあり、再治療が必要となります。
幸い、この治療は傷口が小さく、局所麻酔で済むので、くり返し治療を受けることができます。私が経験したなかでは、18回もこの治療を受けた患者さんがいます。
ただ、血管に入れた薬剤の影響で肝臓の正常な細胞や血管が傷むことがあり、回数が増えるほどそのリスクは高くなります。肝臓全体へのダメージを考えると、治療と治療との間は3カ月くらいあけたほうが望ましいとされています。それより期間が短くなるようであれば、患者さんの意見を聞いたうえで、別の方法を試すということも含め、治療方針を考えることが必要です。
●この治療のメリット・デメリット | ||
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メリット | 手術のできない進行がんに有効 | |
傷が小さく、くり返し治療できる | ||
高齢者でも治療できる | ||
デメリット | がんの根治を得られるとは限らず、再発の可能性がある | |
血管が痛み、正常な肝細胞へのダメージがある |
できるだけがんのみを狙う周到な治療計画を立てる
肝動脈化学塞栓療法では、がんに栄養を送る血管を狙って、確実にそこをふさがなければなりません。血管の太さや位置は一人ひとり違いますから、CTやMRIなどで血管の位置を確認し、どこを塞栓すべきかを念入りに調べることが必要です。
ほかの多くのがんでは、周囲の正常な細胞に影響を与えることなく、がんに栄養を送る血管だけに的を絞って塞栓することは技術的にも難しいのですが、肝臓がんの場合、がん細胞は肝動脈から栄養をもらい、正常な肝細胞は門脈という別の血管から栄養をもらうという性質があります。そのため、がんに栄養を運ぶ動脈を塞栓しても正常な肝細胞が兵糧攻めに遭うことはなく、がんのみを攻撃することが可能です。
もちろん、より効果的に抗がん薬を効かせるためには、できるだけがんの近くの血管をふさぐ必要があり、十分な検査と治療計画を立てることが、効果を高めることにつながることはいうまでもありません。
治療の進め方は?
足のつけ根の大腿(だいたい)動脈から挿入したカテーテルを、血管の撮影で確認しながら肝動脈に進めます。がんのある血管に入ったら、エマルジョンと塞栓物質を注入します。