「あとがない」僕の治療はそこから始まる 小尾俊太郎先生インタビュー

本記事は、株式会社法研が2012年12月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 肝臓がん」より許諾を得て転載しています。
肝臓がんの治療に関する最新情報は、「肝臓がんを知る」をご参照ください。

ここは患者さんたちの駆け込み寺。「あとがない」僕の治療はそこから始まる。それは挑戦であり、やりがいでもあるんです。

小尾俊太郎先生

 山梨県の兼業農家で育った小尾俊太郎先生。高校を卒業後、農学部に行って農業をするか、医学部に行って医師になるか、悩んだすえに選んだのは医業。「人も自然のなかの一つですから」そのひとことに小尾先生の哲学が凝縮されます。
 肝臓がんの治療にかかわるようになったのは、医師になって2年目のとき。研修先の東京大学医学部附属病院で肝臓がん治療の名医、小俣政男(おまたまさお)教授(現・山梨県病院機構理事長)に出会ったことが大きかったそうです。そこでラジオ波焼灼療法やその前身となるエタノール注入療法などの治療に携わっていた小尾先生。「両方とも優れた治療なのですが、肝臓がんは再発をくり返します。患者さんはやがてそれでは治らなくなる時期がくる」
 そういう患者さんをどうやって救ったらいいのか――。行きついた先が、肝動注化学療法だったのです。

小尾俊太郎先生が患者さんを救うためにたどり着いた肝動注化学療法とは
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小尾俊太郎(おび・しゅんたろう)先生

小尾俊太郎先生

公益財団佐々木研究所附属杏雲堂病院 消化器・肝臓内科科長
1965年山梨県生まれ。1991年帝京大学医学部卒業。東京都多摩老人医療センター、東京大学医学部附属病院内科研修医、同大消化器内科医員を経て、2002年から公益財団佐々木研究所附属杏雲堂病院勤務。07年、東京大学大学院医学系研究科修了。同院肝臓科部長、10年より消化器・肝臓内科科長、現職に至る。香川大学医学部消化器神経内科、帝京大学ちば総合医療センター、東京大学消化器内科、山梨大学医学部第一内科非常勤講師。