末梢神経障害

 がん薬物療法に伴う末梢神経障害とはどのような副作用なのか、症状、種類、原因となる薬剤、診断などに関して紹介します。

がん薬物療法に伴う末梢神経障害とは

 がん薬物療法に伴う末梢神経障害は、抗がん剤治療の副作用の1つです。抗がん剤が神経細胞や神経線維に直接的な影響を与えることでさまざまな症状が起こります。末梢神経障害は、治療中だけでなく、治療終了後も長期間続くことがあり、患者さんのQOL(生活の質)に大きな影響を与える可能性があります。日常生活に支障をきたしたり、治療の継続が困難になったりすることもあります。

 主な症状には以下のようなものがあります。

  • しびれ感:手足の指先からじわじわと広がる痺れや違和感
  • 痛み:ピリピリした痛みや灼熱感
  • 感覚異常:温度や触覚の感覚が鈍くなる
  • 運動機能の低下:物を掴みにくくなる、歩行が不安定になる

 特に、痛み(疼痛)は、がん薬物療法に伴う末梢神経障害の主な症状となります。疼痛には主に3つの種類があります。

  • 侵害受容性疼痛:体や内臓の組織が傷ついたときに感じる痛み
  • 神経障害性疼痛:神経自体が傷ついたり病気になったりして起こる痛み
  • 痛覚変調性疼痛:体に明らかな傷や病気がなくても感じる痛み

がん薬物療法に伴う末梢神経障害の種類

 がん薬物療法に伴う末梢神経障害は、症状により「感覚神経障害」「運動神経障害」「自律神経障害」の3つに分類されます。

感覚神経障害

 手足の先、特に手袋や靴下をはいた部分にしびれや感覚の鈍さを感じることがあります。チクチク感やうずき感、ヒリヒリ感、痛みなども生じることがあります。また、全身に電気が走るような痛みや腰痛を感じる場合もあります。触った感覚が普段と違う、足の裏に板が貼ってあるような感じがする、触ってもわからない、逆に敏感に感じるなど、さまざまな症状が現れることがあります。

運動神経障害

 手足の先から筋肉が痩せてきたり、力が入りにくくなったりすることがあります。腕や足を動かしにくくなり、歩行のバランスが悪くなって転びやすくなることもあります。また、腕や足を叩いたときの反射が弱くなったり、なくなったりすることがあります。

自律神経障害

 体の意識的でない(不随意な)動きをコントロールする神経に影響が出ることがあります。具体的には「血圧の変動」「腸の動きの低下」「排尿困難、頻尿、失禁など「汗をかきにくくなる」「立ち上がったときにめまいがする」「便秘」「おなかが張って腸が動かなくなる」などの症状が現れることがあります。ただし、これらの症状は他の2つの障害に比べて起こりにくいとされています。

がん薬物療法に伴う末梢神経障害の原因薬剤

 がん薬物療法に伴う末梢神経障害を発症しやすい薬剤には、「白金製剤」「タキサン系製剤」「ビンカアルカロイド系製剤」「ボルテゾミブやサリドマイド」などがあります。

 がん薬物療法に伴う末梢神経障害の頻度は、薬剤の投与状況や併存症などによりに異なります。また、がんそのものの神経浸潤や、腫瘍に伴う症状(腫瘍随伴症候群など含め)、最近では免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象なども鑑別が必要とされています。

代表的ながん薬物療法に伴う末梢神経障害

   触覚・温冷感覚振動覚・関節覚神経障害性疼痛運動障害d>自律神経障害投与終了後の増悪
シスプラチン一般的非常に頻繁一般的なし非常に頻繁
カルボプラチン一般的なしなし不確か一般的
オキサリプラチン一般的非常に頻繁なし不確か一般的
パクリタキセル一般的一般的一般的不確か不確か
ドセタキセル一般的不確か不確か
ビンクリスチン一般的一般的一般的非常に頻繁
イキサベピロン非常に頻繁不確かなしなし
ボルテゾミブ非常に頻繁非常に頻繁不確かなし
サリドマイド一般的なしなし

出典:がん薬物療法に伴う末梢神経障害診療ガイドライン2023年版.第2章 総論.表1より作成

がん薬物療法に伴う末梢神経障害の薬剤別頻度

白金製剤系
オキサリプラチン96.60%
カルボプラチン1~10%未満
シスプラチン1~10%未満
ネダプラチン0.1~5%未満
ミリプラチン記載なし
タキサン系
カバジタキセル13.30%
ドセタキセル頻度不明
パクリタキセル43.80%
パクリタキセル(アルブミン懸濁型)60.80%
ビンカアルカロイド系
エリブリン28.00%
ビノレルビン5%未満
ビンクリスチン25.50%
ビンデシン0.1~5%未満
ビンブラスチン頻度不明
免疫チェックポイント阻害薬
アテゾリズマブ3.30%
アベルマブ2.80%
イノツズマブオゾガマイシン記載なし
イピリムマブ頻度不明
イブリツモマブイットリウム記載なし
イブリツモマブインジウム記載なし
ゲムツズマブオゾガマイシン5%未満
デュルバルマブ記載なし
ニボルマブ18.80%
ブリナツモマブ1~5%未満
ペムブロリズマブ2.30%
その他頻度の高い抗がん剤
サリドマイド37.80%
分子標的治療薬(キナーゼ阻害薬)
アキシチニブ1~10%未満
アファチニブ1%未満
アレクチニブ5%未満
イマチニブ1%未満
エルロチニブ1%未満
オシメルチニブ1%未満
カボザンチニブ1~10%未満
クリゾチニブ11.70%
ゲフィチニブ記載なし
スニチニブ1~10%未満
セリチニブ記載なし
ソラフェニブ1~10%未満
ダコミチニブ1%未満
ダサチニブ頻度不明
ニロチニブ1%以上
パゾパニブ5%未満
ブリグチニブ5%未満
ボスチニブ1%未満
ポナチニブ3.20%
ラパチニブ1%未満
レゴラフェニブ1~10%未満
レンバチニブ記載なし
ロルラチニブ27.10%
分子標的治療薬(モノクローナル抗体
エロツズマブ記載なし
エンホルツマブベドチン46.30%
オビヌツズマブ10%以上
オファツムマブ記載なし
セツキシマブ0.5~10%未満
ダラツムマブ5%未満
トラスツズマブ2~10%未満
トラスツズマブエムタンシン13.80%
トラスツズマブデルクステカン記載なし
ネシツムマブ記載なし
パニツムマブ頻度不明
ブレンツキシマブベドチン55.60%
ベバシズマブ15.80%
ペルツズマブ5%以上
モガムリズマブ5%未満
ラムシルマブ記載なし
リツキシマブ5%未満
分子標的治療薬(プロテアソーム阻害薬)
イキサゾミブ11.10%
カルフィルゾミブ5%以上
ボルテゾミブ28.20%
その他
L-アスパラギナーゼ記載なし
アクラルビシン記載なし
アドリアシン記載なし
アフリベルセプト記載なし
アムルビシン0.1~5%未満
イダルビシン記載なし
イホスファミド5%未満
イリノテカン5%未満
エトポシド1%未満
エピルビシン頻度不明
ゲムシタビン1~10%未満
シクロホスファミド記載なし
シタラビン頻度不明
ダウノルビシン0.1~5%未満
ダカルバジン記載なし
テガフール・ウラシル頻度不明
テガフール・ギメラシル・オテラシル頻度不明
テモゾロミド10%未満
テラルビシン0.1~5%未満
トポテカン5%未満
トラベクテジン5~20%未満
トリフルリジン・チピラシル5%未満
ブレオマイシン記載なし
ペメトレキセド5~20%
マイトマイシンC記載なし
リポソーマルドキソルビシン5~30%未満
レナリドミド5.50%

出典:がん薬物療法に伴う末梢神経障害診療ガイドライン2023年版.第2章 総論.表2より作成

がん薬物療法に伴う末梢神経障害の診断と治療

 がん薬物療法に伴う末梢神経障害の診断は、抗がん剤の使用歴や症状の出現時期、症状などから判断されますが、明確な診断基準は確立されていません。

 がんの進行や放射線治療による神経障害との鑑別は、画像検査や治療歴により確認されます。また、糖尿病、腎臓病、膠原病、ビタミンB1欠乏症などの病気でも似た症状が出ることがあるため、必要に応じて、血液検査や髄液検査を行い、これらの病気との鑑別が行われます。

 化学療法中に末梢神経障害が増悪した場合は、根本的な治療法がないため、末梢神経障害の原因となる薬剤の投与塩基、減量、中止が検討されます。いつ、どのように変更するかに関しては、明確な基準が確立されていませんが、原因薬剤の延期・減量・中止が治療効果への影響があるため慎重に検討されます。

 治療の目的(緩和的なのか根治を目指しているのか)、ご本人の価値観(QOLと効果のどちらを重視しているか)などが、患者さんごとに判断されます。患者さんが許容できる症状の限度と症状の経過を予測したうえで延期・減量・中止などの治療変更が検討されます。

 がん薬物療法に伴う末梢神経障害に対する予防と治療に関して、「がん薬物療法に伴う末梢神経障害診療ガイドライン2023年版」では、予防7個・治療10個を推薦しており、「推奨度の強さ」「エビデンスの確実性」「合意率」3つで評価されています。

 推奨度の強さは、「投与・実施することを強く推奨する」から「投与・実施しないことを強く推奨する」まで5段階で、エビデンスの確実性は、「A(強)」「B(中)」「C(弱)」「D(非常に弱い)」の4段階で評価されています。合意率は、ガイドライン作成委員会のメンバーによる会議で決定されます(直接評価された論文の筆頭著者およびシステマティックレビューを行ったメンバーは除外)。

推奨度の強さ
  • 1.投与・実施することを強く推奨する
  • 2.投与・実施することを提案する
  • 3.投与・実施について「推奨なし」とする
  • 4.投与・実施しないことを提案する
  • 5.投与・実施しないことを強く推奨する
エビデンスの確実性
  • A(強):効果の推定値が推奨を支持する適切さに強く確信がある
  • B(中):効果の推定値が推奨を支持する適切さに中程度の確信がある
  • C(弱):効果の推定値が推奨を支持する適切さに対する確信は限定的である
  • D(非常に弱い):効果の推定値が推奨を支持する適切さにほとんど確信ができない

症状の予防

 予防に関する推薦文では、投与・実施することを強く推奨するものはありません。

 投与・実施することとして、「症状(タキサン系抗がん薬由来に限る)の予防としての冷却」と「症状の予防としての運動の実施」が弱い推奨として提案する内容となっています。

 また、「症状(タキサン系抗がん薬由来に限る)の予防としての圧迫の実施」が投与・実施について推奨なしとなっています。

 投与・実施しないことについては、「症状(白金製剤由来に限る)の予防として牛車腎気丸を投与しない」「症状の予防としてプレガバリンを投与しない」「症状の予防として、鍼灸を実施しない」が、弱い推奨として提案する内容となっています。

 同じく投与・実施しないこととして、「症状(タキサン系抗がん薬由来に限る)の予防としてアセチル-L-カルニチンを投与しない」は、「強く推奨する」となっています。

症状(しびれ、疼痛)の予防としての推奨

推薦文推奨の強さエビデンスの確実性合意率
症状(白金製剤由来に限る)の予防として、牛車腎気丸を投与しないことを提案する4B100%(13/13)
症状の予防として、プレガバリンを投与しないことを提案する4B100%(13/13)
症状(タキサン系抗がん薬由来に限る)の予防として、アセチル—L—カルニチンを投与しないことを強く推奨する5B(中)100%(13/13)
症状(タキサン系抗がん薬由来に限る)の予防として、冷却を実施することを提案する2B100%(13/13)
症状(タキサン系抗がん薬由来に限る)の予防としての圧迫の実施について「推奨なし」とする3D92%(12/13)
症状の予防として、運動を実施することを提案する2C92%(11/12)
症状の予防として、鍼灸を実施しないことを提案する4D85%(11/13)

出典:がん薬物療法に伴う末梢神経障害診療ガイドライン2023年版.第3章 クリニカルクエスチョンと推奨CQ1より作成ど

症状の治療

 治療に関する推薦文では、投与・実施することを強く推奨するものはありません。

 投与・実施することとして、「症状の治療として、デュロキセチンを投与」「症状の治療として、運動を実施」が弱い推奨として提案する内容となっています。

 また、「症状の治療としてのプレガバリンの投与」「症状の治療としてのミロガバリンの投与」「症状の治療としてのビタミンB12 の投与」「症状の治療としての非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)の投与」「症状の治療として、薬物の併用療法の実施」「症状の治療としての鍼灸の実施」は、投与・実施について「推奨なし」となっています。

 投与・実施しないことについては、「症状の治療として、アミトリプチリンを投与」「症状の治療としてのオピオイドの投与」が弱い推奨として提案する内容となっています。

 投与・実施しないことを強く推奨するものはありません。

症状(しびれ、疼痛)の治療としての推奨

推薦文推奨の強さエビデンスの確実性合意率
症状の治療として、デュロキセチンを投与することを提案する2B100%(13/13)
症状の治療として、アミトリプチリンを投与しないことを提案する4D85%(11/13)
症状の治療としてのプレガバリンの投与について「推奨なし」とする3C100%(13/13)
症状の治療としてのミロガバリンの投与について「推奨なし」とする3C100%(13/13)
症状の治療としてのビタミンB12の投与について「推奨なし」とする3C85%(11/13)
症状の治療としての非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)の投与について「推奨なし」とする3D100%(13/13)
症状の治療としてのオピオイドの投与について「推奨なし」とする4D100%(13/13)
症状の治療として、薬物の併用療法の実施について「推奨なし」とする3D100%(13/13)
症状の治療として、運動を実施することを提案する2B83%(10/12)
症状の治療としての鍼灸の実施について「推奨なし」とする3B100%(13/13)

出典:がん薬物療法に伴う末梢神経障害診療ガイドライン2023年版.第3章 クリニカルクエスチョンと推奨CQ2より作成

参考文献:がん薬物療法に伴う末梢神経障害診療ガイドライン2023年版.金原出版