乳がんの「術前薬物療法」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者増田慎三(ますだ・のりかず)先生
国立病院機構大阪医療センター外科医長・乳腺外科科長
1969年大阪生まれ。1993年、大阪大学医学部卒。2001年、同大学院卒、医学博士。大阪逓信病院(現:NTT西日本大阪病院)、市立堺病院を経て、03年国立病院大阪医療センター(現、国立病院機構大阪医療センター)に就任、13年4月、同外科医長・乳腺外科科長に。「乳がんから女性を救う診療と研究」を目標に、診断、手術、薬物療法に総合的に取り組む。エビデンスに基づいた標準治療はもちろんのこと、さらに治療成績やQOL向上を目指し、臨床試験に積極的に取り組む。新規薬剤の開発治験の経験も豊富である。

本記事は、株式会社法研が2011年11月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 乳がん」より許諾を得て転載しています。
乳がんの治療に関する最新情報は、「乳がんを知る」をご参照ください。

手術前に、薬でがんの縮小効果を狙う

 術前薬物療法とは、これまで手術のあとに行っていた抗がん薬や分子標的薬、ホルモン療法薬などの薬を、手術の前に用いる治療法です。

個別化治療を進める術前薬物療法の役割

 乳がんは、乳腺(にゅうせん)という体の一部の病気というより、比較的早い段階から全身の病気であると考えられるようになり、治療の考え方は、局所療法から全身療法へと大きく変わってきました。とくに、ここ数年、さまざまな有効な薬の開発に伴い、薬物療法の重要性が増してきています。正常ながん細胞への影響が大きい従来の抗がん薬から、できるだけがん細胞に狙いを定めてやっつけようとする新しい薬の開発が進んだり、患者さんごとにがん細胞の生物学的な特性を調べて、それに合った薬を選び、不要な副作用に苦しむことのない治療計画を立てたり、いわゆる個別化治療の方向に向かっています。そこで、改めて見直されているのが、術前薬物療法の役割です。手術のあとに行っていた薬物療法を、手術の前に行う治療法で、従来の抗がん薬を組み合わせる方法が中心ですが、分子標的薬も用いられるようになり、ホルモン療法薬についても臨床研究が進んでいます。

術前薬物療法の役割

大規模な臨床研究により「術後」以上の効果も今後期待

術前化学療法と術後化学療法の比較

 「乳がんがあったら、まず手術で取り除く」という局所への治療が主流だったころ、薬物療法は手術を補助するものでした。従来行われていた「術前薬物療法」もあくまで、手術をやりやすくするためという考え方で、炎症性乳がんや、進行したがん(病期がTステージIIIa/IIIb)の患者さんを対象としていました。たとえば、しこりが大きくてそのままでは手術が難しいときに、まずは薬でしこりを小さくし、そのうえで手術を行う。薬を使う目的はがんを小さくすることです。
 その後、乳房温存の可能性を期待して、早期の乳がんの患者さんに対しても行われるようになりました。早期に術前薬物療法を行うことについては、手術のタイミングが遅れると、予後(生存率や再発率)が悪くなるのではないかとの懸念がありましたが、いくつかの研究の結果、術前薬物療法と術後薬物療法では、生存期間や再発がおこるまでの期間に差がないことが証明されています。そのうえ、乳房温存療法(乳房部分切除術+放射線療法)を行える可能性を高めること、全身にあるかもしれない目に見えない小さな転移(微小転移)に対して早期に治療ができること、約80%の確率でがんが縮小し、約20%の確率でがんが完全に消えることなど、いろいろな臨床研究の結果により、術前薬物療法の効果が示されています。
 こうして、早期の乳がんの患者さんにも積極的に術前薬物療法が行われるようになってきました。

薬の効果を見極める目的個別化治療の実現に

サブタイプ別に見る薬物効果の違い
大阪医療センターにおける症例数の推移

 術前薬物療法について、数々の効果が報告される一方、同じ抗がん薬でもよく効く患者さんとあまり効かない患者さんがいることも明らかになってきました。
 2002年から04年にかけて行われた臨床試験(JBCRG| 01)では、ホルモンの感受性とHER2(ヒト上皮(じょうひ)増殖因子受容体2型)の発現率から、患者さんのがんのタイプを四つに分けて、術前薬物療法の効果を比較しています。その結果、ホルモン感受性が陰性で、かつHER2陽性の人は抗がん薬がよく効いて、がんが消える患者さんが6~7割に達していました。一方、ホルモン感受性が陽性で、かつHER2が陰性の人では、がんの大きさを小さくできる効果は約7割の患者さんに認められましたが、がんが完全に消えた患者さんは約1割であり、抗がん薬の効果に大きな差があることが示されました。
 このように患者さんごとに薬の効果の比較ができるのも、術前薬物療法のメリットといえます。つまり、手術でがんを取り除いてしまってから薬を使う場合、その薬が本当に効いているかどうかを、その時点で確かめることはできません。長い期間、患者さんたちの経過を追って、再発率や生存率を調査しながら、初めてその効果を推測できます。
 その点、手術前に薬を使えば、がんが目に見える状態でありますから、大きさの変化を観察することができます。実際に小さくなれば、薬の効果は明らかです。
 「患者さんに対して薬の効果を判定できる」、この点が、術前薬物療法の大きな利点であり、患者さんの治療の計画を立てるうえで重要視され始めた理由です。つまり、一人ひとりに合った治療を効率よく進めるための目安として、術前薬物療法が注目されているのです。
 抗がん薬だけでなく、ホルモン療法薬についても同じ考え方で、現在いくつかの臨床試験が進められています。先ほど述べたように、患者さんのがんのタイプによっては、抗がん薬の効果が少ないこともあります。とくに、ホルモン感受性が高い患者さんに対して、抗がん薬が必要かどうかは非常に悩ましい場合があります。あるいは、ホルモン療法の治療期間は5~10年と長期にわたりますので、実際に効果があるかどうかを見極めたうえで、治療を行うのが望ましいと考えられます。
 そこで、術前にホルモン療法を行えば、しこりの大きさの変化で効果を見極めることができます。効果の度合いによって、ほかの薬に替えることも可能です。より有効なホルモン療法薬の選択、さらには、抗がん薬を上乗せして使うかどうかの選択などについても、判断できるようになるのではないかと期待されています。私も、さまざまな臨床試験に参加していますが、今後の展開に十分な手ごたえを感じています。
 術前薬物療法で用いられる薬は、基本的に術後薬物療法と同じ種類を同じ使い方で用います。現在、化学療法で一般に行われるのは、主にアンスラサイクリン系+タキサン系の抗がん薬を順次投与する方法です。また、2011年からは分子標的薬のトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)も、手術前の保険適応も拡大したことから、それを用いた治療法が始まっています。  当院では、初診時に、画像結果から浸潤がんで、しこりの大きさが2cm以上、そして病理検査の結果、手術を先に行っても術後に、化学療法が必要だと判断されるタイプの患者さんに対して、術前化学療法を提案しています。また、ホルモン陽性乳がん(とくに閉経後)では、術前ホルモン療法の概念を検証する臨床試験がわが国でも進行中ですので、それらへの積極的な参加をお勧めしています。2003年以降の大阪医療センターでの症例数と、実際に術前薬物療法を行った患者さんの割合を図に示しますが、最近徐々にその割合は増え、おおよそ3~4割の患者さんが術前薬物療法を受けています。
 具体的には、トリプルネガティブタイプの患者さんには、FEC療法とタキサン系薬剤(ドセタキセル/商品名タキソテールや、パクリタキセル/商品名タキソール)を順次に行い、HER2陽性の患者さんにはタキサン系にトラスツズマブの併用を用います。

術前ホルモン療法と術前化学療法の有効性

治療の進め方は?

 がんのタイプによって、用いる薬の種類を決めます。術後に用いる場合と同様の投与スケジュールに基づいて治療を進め、定期的に効果を判定し効率のよい治療計画を検討します。

乳がんの「術前薬物療法」治療の進め方はとは
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