「ワンステップ」体験談や情報を分かち合うなかで がんと向き合う「患者力」をつける 肺がん患者の会
2017.9 取材・文:星野美穂
肺がん患者の会ワンステップは、「患者の経験や知識を継承したい」という、代表の長谷川一男さんの思いから、2015年に設立されました。ホームページ上での患者同士による相談や質問、情報交換のほか、東京を中心として定期的に開催されるおしゃべり会など、活発な活動が行われています。会員は現在640人ほど。おしゃべり会には、毎回70~80名もの会員が集まります。 患者同士が情報交換し、患者力をアップするという大切な活動のほかに、いま、患者会として新しい役割が広がりつつあります。患者が発信して医療者、社会とともにより良い医療を目指すという役割です。 長谷川さんは、「患者会を通じて、患者の意見が反映された医療をつくっていきたい」と話します。
納得して医療を受けるため15人の医師にセカンドオピニオン
2010年、39歳のとき、激しい咳に襲われ、病院で調べたところ、右肺葉原発の肺がん(腺がん)と診断されました。多発造骨型骨転移があり、ステージ4、余命10カ月の告知を受けました。
肺がんのステージ4の場合、最もエビデンスがあるといわれる標準治療を行っても、当時は、生存期間の中央値は12カ月。半分の患者さんが1年以内に亡くなってしまうという状態でした。「生きたい、生き延びたい」と思っても、それは成就しないかもしれません。月刻みの命を後悔しないで過ごすためには、納得して医療を受けることが必要だと思いました。
がん治療の知識がない自分にとって一番よい治療法を決めるというのは、決して簡単なことではありません。例えばセカンドオピニオンなら「時間がない、手間がかかる」と言い訳をする自分自身が、一番の敵になるだろうと予想されました。だから、「治療法を決めるのに、手を抜くことだけは絶対にしない」自分にそう誓いました。手を抜かず、納得のいく治療を受ければ、どんな結果になっても自分はきっと受け止められると思ったのです。
肺がん治療のさまざまな専門家15人の医師から、セカンドオピニオンを受けました。もともとステージ4の肺がんは、手術や放射線治療は適応外です。ただし、ステージ4でも副腎や脳転移であれば外科的治療が有効かもという発表もあります。「自分の病変も放射線治療を受けられるのではないか」と、放射線医にセカンドオピニオンとして聞いたところ、「やってみる価値はあるかもしれない」と言われました。
このようにして、自分が納得したさまざまな治療を受けてきて、現在、46歳。肺がんの告知を受けてから8年目に入り、治療継続中です。
患者の知識を継承していく場としてワンステップを設立
がんの告知から5年目の2015年4月に、肺がん患者の会ワンステップ!(現・NPO法人肺がん患者の会ワンステップ)を設立しました。
私が肺がんだと診断されたころには、まだ肺がんの患者会はありませんでした。ただ、先に闘病されていた先輩たちが、自分のホームページに掲示板を作り、相談に乗ってくれたり、体験談を掲載していたのです。それらの掲示板には、大いに励まされていました。
しかし、ホームページの維持には、手間も費用もかかります。主催者が亡くなると、掲示板も消えてしまいます。相談や体験談など、長年蓄積された情報が一瞬にして消えてしまう事態は、ショックでした。
そこで、患者の経験や知識を継承する場として、ワンステップを立ち上げました。肺がん患者同士が情報交換をしたり、気持ちを分かち合い、励まし合う場を目指したのです。
ワンステップを立ち上げたのには、もう1つ理由がありました。その3カ月ほど前、治療が5年目に入ったところで、複数の転移が見つかりました。それまでに8種類もの薬を使っているので、次に使える薬は限られています。手術も放射線ももうできません。治療に行き詰ってしまいました。同時に、転移後は体に無理が生じ、テレビディレクターの仕事ができなくなりました。
「もうどうにもならない、でもなんとかしなければ」という思いで始めたのが、ワンステップです。患者会を通して情報発信をして、同じ肺がん患者さんの役に立ちたいという思いと同時に、患者会というつながりのなかで、自分を助けてくれる出会いがあるのではという思いもありました。
“正しい情報”だけでは決められない右往左往の現状を伝えたい
ワンステップの目的は、1.仲間をつくる 2.知って考える 3.発展・継承する、です。特にやっていきたいと考えているのは、正しい情報をそのまま出すことだけでなく、患者の生の体験、肺がんと診断されて右往左往している現状を出していきたいと考えています。
正直、肺がんのステージ4になると、診察室では今後の見通しは語られることはほぼありません。悪いことしか言えなくなるからです。今後どう生きるか、どういう治療をしていくかを考えるときに、治療の効果や持続期間などの統計データに代表されるような、単なる「一般的に正しい情報」では不十分なのです。
ある治療法を選んで得られるメリット、または受け入れることになるデメリット、選ばなかったために失うもの、または得られるチャンス――答えの見えにくいものに、患者は向き合い、決断していかなければなりません。その不安を明確にするためには、自分で調べて考えて、納得する治療を繰り返すことだと思っています。そこに必要なのは、情報の見極めであり、それをもとに医療者と話すコミュニケーション力であり、患者力をつけるということです。そういうときに役に立つのが、患者同士の話なのです。
どのようにして納得できる治療に向かっていけばいいのかというような相談が寄せられると、患者会では、さまざまな立場からみんなで見方を与え合います。そういうことを通して、本人が納得できる判断につなげてもらいます。その一助となる場、そして、みんなで考える場が、ワンステップなのです。患者会として、このような取り組みを通じて、患者力をアップしていきたいと考えています。
最近、うれしいメールをいただきました。再発がわかった方からのメールです。
「これまでは不安でいっぱいだったけど、ワンステップで勉強してきたから、向き合い方がわかった。これまでとは心持ちが違います」
このように書かれていました。再発は、とても悲しいことですが「いろいろな治療法を探してたどり着いた治療にチャレンジしたけれど、効果は現れませんでした。でも、やり切った感覚があり、自分でも納得しています」と言っていただけました。このことが、うれしかったです。
世界の患者会活動に感銘し日本でのアドボカシー活動をさらに
2016年12月、ウイーンで行われた世界肺癌学会に患者として参加してきました。日本の6つの肺がん患者会をまとめて「日本肺がん患者連絡会(JLCA)」を設立したこと、自分自身の闘病記録をもとにドキュメンタリー番組(NHK)が製作されたことが評価され、「ペイシェントアドボカシーアワード」を受賞し招待されたのです。がんのアドボカシーとは、患者・家族などの当事者や支援者が、がんの罹患のなかで生じる不利益を解消するために、周囲に働きかける活動のことです。
世界肺癌学会では、アドボカシープログラムが組まれ、世界中から参加した患者や患者会のセッションが行われました。各国、さまざまな問題に取り組んでいて、たとえば患者会が新薬の開発費用を集め、それを研究機関に寄付して開発を促進していたり、肺がんのなかでも患者が1%しかいないと言われる稀なタイプの患者会では、12カ国にまたがる国際的な患者会を組織し、治験への協力体制をつくっていました。また、 「喫煙をしていたらから肺がんになった」という周りの視線、本人の負い目となるスティグマ(負の烙印)を変えようと働きかけている団体もありました。
日本肺がん患者連絡会(JLCA)は、「医療者、患者、社会がともになって医療をよりよいものへ」をミッションとして掲げています。今回、世界の患者会の力強い活動に接し、「では、JLCAでいまできることは何か」と改めて考え、「受動喫煙」を1つのテーマに据えることにしました。
先日「がん患者は働かなくていい」という議員の発言が物議を醸しましたが、がん患者の就労アンケートや受動喫煙の状況などを調査してまとめ、2017年10月に横浜で行われる世界肺癌学会で発表したいと考えています。施策につなげる働きかけと併行して、有名人・有識者とともに受動喫煙をなくす運動も行っていきたいと思います。
患者会は、個々の患者を支えるよりどころという大切な役割があります。そしてさらに、もう1つ、患者が集まって声をあげることで社会を変えていくアドボカシーの活動もできるのです。これらを通して、患者の意見が反映された医療が、本当の意味での患者中心の医療となるのではないか、その1つの役割を担いたいと考えています。
プロフィール
NPO法人肺がん患者の会ワンステップ代表 長谷川一男