家族の死の中に、自らの死を学ぶ

大井さん
認定NPO法人 がんサポートコミュニティー事務局長/プログラムディレクター 大井賢一さん

緩和ケアに対する“6つの誤解”を具体的な事例をもとに解説

 日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を2度受賞した女優の樹木希林さんは、2018年9月15日、東京都の自宅にて75歳で亡くなりました。2004年に乳がんであることを公表し、2013年には全身にがんが転移していることを告白していました。マスコミの取材に対して「昔の健康な自分と今の自分を比較して、みじめな気持ちを感じることは何の意味もありません…現実と戦うのではなく、私は私の目の前にあることを受け入れ、流れに任せることを選びます」と、飄々(ひょうひょう)と応える彼女の姿が強く印象に残っています。彼女の死後、夫の内田裕也さんは「見事な女性でした」と彼女を評しています。まさに、彼女は彼女自身を生きて、彼女自身として死んだのだと私は思います。それは素敵なご臨終だったのだなと感じています。

 今回は、緩和ケア医として3,000人以上の患者さんの死に関わってこられた、永寿総合病院がん診療支援・緩和ケアセンター緩和ケア病棟長の廣橋猛先生の書籍「素敵なご臨終 後悔しない、大切な人の送りかた」をご紹介します。

 2013年2月4日の世界対がんデーで問題提起された、がんに対する4つの“神話”のなかに「がんは単に健康の問題である」というものがあります。しかし、がんはがんに罹った患者さん個人の健康問題ではなく、それを支える家族みんなの問題です。こうした神話と同じく、この書籍では、緩和ケアに対する6つの誤解について、具体的な事例をもとにわかりやすく解説しています。また、「がん患者の場合」「心臓が悪い人の場合」「肺が悪い人の場合」「脳血管が悪い人の場合」「認知症・老衰の場合」に分類し、それぞれで最期の過ごし方が違うということも紹介しています。

 自分自身の死の意識は、死の客観的な反映ではなく、実在の経験であり、自分自身の死を超えているという特徴があります。フランスの哲学者V・ジャンケレヴィッチはそれを「一人称の死」の認識と呼んでいます。誰も死に場所や死ぬ日を知っているわけではないので、私たちはそれを回避できると思うかもしれません。しかし、死は避けられないものです。それでは、死を克服するためにはどうすればよいのでしょうか。その最善の方法として、ドイツの哲学者M・ハイデガーは、私たち一人ひとりが自らの死を予期して、自らの人生を生きるべきだと説きました。この本のもうひとつの特徴は、家族からの視点を取りながら自らの死に備えた教本となっていることです。

 この本を手にしたら、ぜひ「おわりに」にまで読んでほしいと思います。著者が、自身の父の死について言及しています。著者と同じくがんに携わる医師であった父に対して、著者が感謝していること、後悔していることに触れています。私は、著者のなかには、今でも父の姿があるのだと感じました。きっと、死んでしまった人の記憶が今を生きる家族の記憶から色褪せない限り「死」は訪れないのかもしれない、と読者に感じさせてくれるでしょう。

がん+編集部より
患者さんを支える家族だからこそできる具体的なケア方法を紹介

 「素敵なご臨終 後悔しない、大切な人の送りかた」は、3,000人以上の患者さんの死に関わってこられた緩和ケア医の廣橋猛先生が、死を目の前に病と闘う患者さんやそのご家族に向けてのメッセージをつづった書籍です。この書籍は、「大切な人がつらいときにあなたがしてあげられること」「大切な人は何をつらいと感じているか」「病によって最期の過ごし方は違う」「最後を迎える数週間前から数日前の変化を知っておく」「大切な人を楽にする緩和ケア11の技術」の5つの項目で構成されており、さまざまな患者さんの事例をもとに解説されています。

 「呼吸が苦しいときはうちわで扇いであげることで、苦しさが緩和される」「身体が辛いときは、ゆっくりさすってあげることが一番効く魔法」など、患者さんを支える家族だからこそできる、具体的なケア方法を紹介。患者さん自身も家族も納得をして「素敵なご臨終」を迎えるために、知っておきたいポイントが示された1冊です。