再発・転移乳がんの治療 – 治療法と治療の流れを知る

監修者向井博文(むかい・ひろふみ)先生
国立がん研究センター東病院 乳腺科・血液化学療法科医長
1968年三重県生まれ。三重大学医学部卒。聖路加国際病院内科、国立がん研究センター中央病院を経て2010年より現職。 日本乳癌学会診療ガイドライン薬物療法小委員会 委員長、がん研究開発費研究(向井班)主任研究者。薬物療法のスペシャリスト(腫瘍内科医)として日常の診療にかかわる一方、わが国最大の乳がんの臨床研究グループCSPOR-BCの代表として、研究にも邁進している。

本記事は、株式会社法研が2011年11月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 乳がん」より許諾を得て転載しています。
乳がんの治療に関する最新情報は、「乳がんを知る」をご参照ください。

薬を換えながら、苦痛のないがんとの共存をめざす

 治療後、体内で生き残っていたがんの種が再び成長することを再発といいます。再発がみつかった場所やがんの性格などによって、薬物療法、手術、放射線療法が選択されます。

再発予防の治療後生き残ったがん細胞が活性化

 再発とは、治療のあと、体内で生き残っていたごく小さながんの種(微小転移)が、再び活性化して増殖し始めることでおこります。
 乳房温存療法を行ったあと、同じ側の乳房にできたものを「局所再発」といい、乳房以外の臓器にできたものを「遠隔転移」といいます。乳がんでは、肺や肝臓、骨、脳に遠隔転移がおこりやすいとされています。反対側の乳房に出てくることもあります。

乳がんの再発率は3割程度 5年以内に生じることが多い

 乳がんはほかのがんに比べて進行が遅いがんといわれています。そのため、ほかのがんでは5年を過ぎて再発がみられないと「完治(完全にがんが治ること)」とみなされることが多いですが、乳がんでは10年以上たっても再発することがあることから、10年以上たたないと完治とみなされません。
 再発しやすい時期は乳がんのタイプによって違うことがわかっています。HER2陽性やトリプルネガティブタイプの乳がんは、最初の2年間に再発が多く、ホルモン感受性が陽性の乳がんでは、増殖の勢いがゆっくりであることなどから、5年以降でも再発が多くみられます。
 患者さんのなかには、最初の受診の段階ですでに遠隔転移がみつかる場合があり、その割合は約1割です。それ以外の患者さん、つまり手術や再発予防の薬物療法を行った患者さんでの再発率は、がんがみつかったとき、あるいは治療したときの病期によっても違いますが、総じて5年以内で30%程度、10年以内で40%程度です。病期ごとにみると、手術後5年以内の再発率は、I期では10%程度、II期では15%、III期では30~50%となっています。

乳腺の再発は再手術を検討 遠隔転移の場合は全身療法

 乳がんの手術後、再発を防ぐために薬物療法を行います。その後の定期検査は、年1回のマンモグラフィ検査、3カ月に1回の視触診になります。再発・転移がみつかった場合は、改めてがんのタイプを検査で確認します。
 治療の考え方は、局所再発か遠隔転移かで違ってきます。

(1)局所再発


 局所再発であれば、再度、手術によって切除することが検討されます。その場合は、乳房切除術(全摘(ぜんてき))になるのが一般的です。
 原発(最初の)がんの治療段階で放射線療法をすでに行っている場合は、再発では選択されません。同じところに2度放射線を当てないのが原則だからです。ただし、1度放射線を当てた乳房や周辺のリンパ節以外に、がん細胞が骨や脳などに転移して現れる、痛みなどの症状を緩和するための放射線療法は、必要に応じて行います。

(2)遠隔転移


 遠隔転移では薬を使った全身療法が中心です。乳がんで遠隔転移しやすい組織は、リンパ節、骨、皮膚、肺、肝臓、脳などです。
 ある臓器、たとえば肝臓だけに転移がみつかった場合、そのがんを取る手術をすればいいのではないか、と考える方もいるかもしれません。
 確かに、ほかのがんではそういう治療をすることもあります。しかし、乳がんの場合、遠隔転移がある段階で、実は、目に見えない微小ながん細胞が体中にたくさんあるのです。それらを手術で取ることはできませんから、薬を使った全身療法が理にかなっているということになります。
 遠隔転移がみつかったら、がんを完全に治すことは大変困難になります。そのため、治療の目的は「がんを根絶させて治す」というよりも、がんといかに共存するか、いかにうまくがんをコントロールしながら、自分らしく生きる時間を延長させるかということになります。そのためには、患者さんの状態に合わせて、息苦しさや痛みなど、「がんによって引きおこされる苦痛はできるだけとる」といった緩和医療も積極的に行っていきます。

再発乳がんの治療戦略

HER2陽性なら分子標的薬などがんのタイプに応じた治療を開始

 再発の薬物療法で用いる薬は、抗がん薬、分子標的薬ホルモン療法剤のいずれかです。術前、あるいは術後薬物療法と同じように、がんのタイプによって薬を使い分けます。
 具体的には、ホルモン受容体が陽性の乳がんには、ホルモン療法が第一選択となり、HER2陽性の乳がんでは、トラスツズマブ(商品名ハーセプチン)から始めます。トリプルネガティブタイプの乳がんは、抗がん薬治療になります。
 最近になって、再発の乳がんは原発乳がんとタイプが変わることがあるということが明らかになってきました。3人に1人がHER2陰性から陽性に、あるいはその逆に変わっていることがスウェーデンの研究チームによって、確かめられたのです。同じように、ホルモン受容体の有無も3割くらいの確率で変わるといわれています。
 したがって、最近は再発がんの治療を始める前に、組織の採取が可能であれば、もう一度、病理検査を行うことが望ましいと考えられています。

●乳がんで行われる緩和療法 痛みや症状を取ることが目的
放射線による治療
骨転移による痛みを取る
・脳転移による頭痛、嘔吐(おうと)、マヒなどの症状をやわらげる
薬物による治療
軽度の痛み
・必要に応じてNSAIDs(非ステロイド性消炎鎮痛薬)など
・アセトアミノフェン
・ビスホスホネート製剤(骨転移の痛みの緩和)
中~重度の痛み
・コデイン(弱オピオイド鎮痛薬)
・モルヒネ(強オピオイド鎮痛薬)

再発乳がんの治療の進め方は?

 効果が持続する限り一種類の薬を用い、順次、薬を換えていきます。患者さんの病状に合わせて、できるだけ苦痛のないように、緩和的な対処も取り入れ、柔軟に対応していきます。

どの薬をどの順番で使うか考えながら戦略を立てていく

再発・転移乳がんの治療成績

 私たちのような乳がんの薬物療法を専門とする医師は、乳がんのタイプ、再発した場所や時期などをいろいろと考慮して、どういう薬をどのタイミングで、どの順番で使っていくのが望ましいかといった設計図を常に頭に描きながら、患者さんに治療法を提示していきます。
 再発乳がんの薬物療法が術後薬物療法と大きく違うのは、治療期間です。術後薬物療法のように決まった期間に限定して行うのではなく、できるだけ長く治療を続けられることを目標に進めます。
 そのため、術後薬物療法ではいくつかの薬を組み合わせた多剤併用療法が標準治療となっていますが、再発乳がんでは薬を単剤で使用することも多くなります。もちろん、一時的な効果だけをみれば、併用したほうががんを抑える力は強くなります。
 しかし、再発の患者さんでは、いかに心身の苦痛を減らして、日常生活を送れるようにするかも治療の大きな要素です。そこで、進行の速さなど病気の勢いや、患者さんの体力、副作用の出方などを慎重に検討して、薬の選択を行います。

がんが耐性を獲得し薬が効かなくなっていく

 再発乳がんの患者さんをもっとも悩ませるのは、「使える薬がなくなる」という状況に陥ることです。では、なぜ使える薬がなくなるのか、同じ薬を使い続けられないのかというと、それは「耐性の獲得」ということがおこってしまうからです。
 がん治療に用いる薬の多くで、それまで効いていたものが、あるときから効かなくなっていくという現象がおこります。これはがん細胞が薬に適応していく耐性を獲得するためです。このため、治療が長引くと使える薬の選択肢がだんだん少なくなっていってしまうのです。
 実はこの「薬の耐性」の問題は、再発後、さて最初にどの薬を使うかという点にも大きく影響します。
 というのは、通常は乳がんのタイプに応じて薬を選びますが、術後薬物療法をしたにもかかわらず、あまり間をおかず、たとえば、手術後1年以内に再発したような例では、直近の術後薬物療法で用いた薬が効いていない、あるいは耐性ができて効かなくなってしまったと考えられるので、その薬を使っても効果が期待できません。
 ホルモン療法の術後薬物療法は治療期間が5年間と長くなりますが、これもその治療継続中に再発した場合は、別のホルモン療法薬を用いることになります。

HER2陽性では子標的薬「トラスツズマブ」、次に「ラパチニブ」を考える

 HER2陽性の乳がんでは、まず分子標的薬のトラスツズマブと抗がん薬の併用から始めます。併用する抗がん薬は大枠しか決まっておらず、パクリタキセル(商品名タキソール)、ドセタキセル(商品名タキソテール)、ビノレルビン(商品名ナベルビン)などが使われています。
 効果が薄れてきたら、ほかの分子標的薬ラパチニブに換えます。ラパチニブは抗がん薬のカペシタビン(商品名ゼローダ)と一緒に使います。あるいはもう一度、トラスツズマブ+別の抗がん薬の組み合わせに変えることも少なくありません。実はトラスツズマブはおもしろい薬で、一度、耐性ができたと考えられても、相方の抗がん薬を変えると再び効果がみられることがあるのです。
 いまは乳がん治療に使える分子標的薬は2種類ですが、第三の分子標的薬としてネラチニブ、アファチニブ(商品名は未定)など数種類の分子標的薬で臨床試験が進められています。
 投与方法ですが、トラスツズマブは注射剤で3週間または1週間に1回点滴で投与します。ラパチニブ+カペシタビンは飲み薬なので1日1~2回(ラパチニブが1日1回、カペシタビンが1日2回)服用します。カペシタビンのみ14日間続けた後、7日間休薬します。

分子標的薬の投与スケジュール

再発乳がんのホルモン療法

ホルモン受容体陽性は3タイプのホルモン療法薬を使い分け

トリプルネガティブタイプの抗がん薬治療

 ホルモン受容体陽性の患者さんで閉経前の場合は、LH‐RHアゴニスト製剤と抗エストロゲン薬の併用からスタートします。抗エストロゲン薬で耐性ができた場合は、LH‐RHアゴニスト製剤とアロマターゼ阻害薬を使います。
 閉経後の患者さんでは、まずアロマターゼ阻害薬が用いられます。アロマターゼ阻害薬にはステロイド性と非ステロイド性があり、最初に用いた薬で効果がみられなくなったら、もう一方に換えます(ステロイド性→非ステロイド性、もしくは非ステロイド性→ステロイド性)。または、抗エストロゲン薬に換えることもできます。
 LH‐RHアゴニスト製剤、抗エストロゲン薬、アロマターゼ阻害薬とも、何種類かの薬が出ていますが、そのなかから1種類ずつ選んで使います。どの薬を使うかについては、とくに効果の違いが示されていないので、担当医の経験や知識などによって選ばれます。
 どのホルモン療法薬も効かなくなったり、がんが原因で重い症状が出てきたりしたら、抗がん薬治療に切り換えます。ホルモン療法薬と抗がん薬治療との併用は有効性が証明されていないので、それぞれを単独で使います。
 LH‐RHアゴニスト製剤は注射剤で、薬によって違いますが4週ごと、あるいは12週ごとに皮下注射します。抗エストロゲン薬とアロマターゼ阻害薬は1日1回、服用します。

トリプルネガティブ乳がんではアンスラサイクリン系とタキサン系

 HERたんぱくも、ホルモン受容体も陰性のトリプルネガティブと呼ばれるタイプでは、抗がん薬治療を行います。最初に使われるのは、ドキソルビシン(商品名アドリアシン)やエピルビシン(商品名ファルモルビシン)などのアンスラサイクリン系か、パクリタキセルやドセタキセルといったタキサン系の薬のいずれかになります。
 タキサン系のパクリタキセルを用いる場合は、少量のパクリタキセルを毎週、注射する「ウイークリー・パクリタキセル」という治療法が普及しています。
 耐性ができて効かなくなってきたときには、これまで使わなかった系統の抗がん薬を用います。
 次の選択肢としては、カペシタビンやテガフール・ギメラシル・オテラシル(商品名ティーエスワン)、ビノレルビン、イリノテカン(商品名カンプト、トポテシン)、ゲムシタビン(商品名ジェムザール)などがあります。2011年4月には新しい抗がん薬エリブリン(商品名ハラヴェン)が承認されました。
 抗がん薬治療では副作用の問題が気になる患者さんが多いのですが、最近は副作用対策も進歩し、吐き気などはかなり抑えられるようになってきました。ただし、がんが進行したり、長く抗がん薬治療が続いたりすると、免疫力や体力が落ちてくるので、副作用は出やすくなります。
 再発乳がんの治療について、もちろん推奨される標準治療がありますが、患者さんの病状、希望などを優先させて、標準より少ない量を使ったり、休薬期間を設けたりして、できるだけ患者さんに負担のかからないような形で治療を続けることもあります。

●早い時期から緩和ケア

 再発・転移の乳がんの治療を進めるうえで、尊重されなければいけないのは、その人らしく生きること、つまり、QOLを維持することです。がんの進行とともに、患者さんは、痛みなど身体的な苦痛だけでなく、うつや不安、孤独といった精神的な問題や、仕事や経済的な事情に悩まされます。いろいろな職種のスタッフが協力し、こうした多岐にわたる問題を解決していくケアを緩和ケアといいます。
 現在では、がんと診断された時点から患者さんは問題を抱え始めていることが指摘され、できるだけ早い段階から緩和ケアを行うことが求められています。

再発乳がん治療後の経過は?

 治療は基本的に外来で継続します。できるだけ、これまでどおりの生活を保ちながら、治療が続けられる工夫をします。体への負担、価値観など患者さんの意向を尊重し、治療の方向性を決めていきます。

治療は外来で、自分の時間を大切にしていただく

 当院では、年間100人くらいの新たな再発がん患者さんの治療を行っています。がん研究センターということもあって、再発がみつかってから受診する患者さんも少なくありません。
 治療は基本的に通院外来で行います。できるだけ、ふだんの生活を保ちながら、治療を続けることが大切だと考えているからです。入院生活は非日常的ですし、貴重な時間を病室で費やすよりも、仕事、趣味などやりたいことをしたり、家族や友人と一緒に過ごしたりしてもらいたいという気持ちもあります。患者さん自身も外来で治療を受けることを望まれることが多くなってきています。
 気になる症状や聞きたいことが出てきたときのために、いつでも看護師や薬剤師が対応するホットラインを用意しています。患者さんが安心して、安全に外来の薬物療法を継続していくためには、こうしたバックアップ体制の充実が欠かせません。

治療するしない・やめるの選択 生き方も含めて考える時期

 再発がんの治療も、昔と比べて大きく進歩しています。生存期間が大幅に延びていることも事実です。
 しかしながら、再発をしたときの治癒率は高くないことも、残念ながら真実です。
 がんが進行することで、体にさまざまな不ぐあいが出てきます。また副作用など治療そのものによって体調が悪くなることもあります。最後までがんばりたいという気持ちをもつことはとても大切ですが、必ずしも選択肢はそれだけではありません。症状をとることを中心にして、QOL(生活の質)を下げない治療をするという選択、自宅でできるような治療に限って行っていくという選択肢もあります。それは患者さんの生き方や、家族、周囲とのかかわりなどによって、患者さんご自身が決めていくことだと思います。
 再発がんの治療を考えるということは、自分の人生と向き合うこと、どう生きていくかを考えることでもあるのです。そうした患者さんの気持ちを尊重し、医療ができることで精いっぱい応援していくのが、私たち医療者の役目だと考えています。