乳がんの放射線療法 再発予防・再発後の治療

2018.7 取材・文:池内加寿子

 乳がんの乳房温存手術後は多くの場合で、再発予防のために乳房全体に放射線を照射する全乳房放射線療法が行われます。さらに、切除した病巣周囲における再発リスクを下げるために部分的に追加照射をしたり、リンパ節転移の個数が多い場合は、リンパ節領域への放射線療法も行われます。局所再発症例では、再切除手術と術後の薬物療法や放射線療法で治癒もくしは長期の無増悪を目指すこともできます。骨や脳など遠隔転移症例にも放射線療法は有効で、骨転移による痛みを和らげる緩和的放射線療法もあります。乳がん治療のさまざまなケースで行われる放射線療法を解説します。

再発予防のための術後放射線療法

 乳がんの初期治療では、乳房温存手術後や乳房切除(全摘)手術後に、放射線療法を行うことがあります。目的は、手術後に乳房または胸壁、リンパ節に残っているかもしれないがん細胞を死滅させて再発を予防することです。

 「庭に生えた雑草」を例にして説明します。

 しかし、庭の土(乳管やリンパ管)の中にはまだ雑草の根が残っており、目には見えませんが、草にはがん細胞の種がついていた可能性もあり、全身に散らばっているかもしれません。

 血管を流れて肝臓や肺にたどり着いた種が、芽を出すこともあります。これが、遠隔転移です。遠隔転移の予防のために、ホルモン療法や抗がん剤療法などの除草剤によって、種を殺すための全身治療を行います。

 庭の土の中に残ったがん細胞の根に対しては、それを枯らすための放射線という除草剤を撒きます。1回にたくさん撒くと、雑草の根だけでなく、庭に植わっている草花(正常な細胞)まで枯らしてしまうので、何回かに分けて行います。

 乳房全摘の場合でも、皮膚にわずかに残る乳腺組織やリンパ管にがん細胞が残っている可能性があるときには、放射線療法が行われます。

 さまざまな臨床試験の結果、手術後に放射線療法を行うことによって、乳房内の局所再発率は大きく低下することがわかっています。また、生存率向上にも寄与するとされています。

乳がんの放射線療法に使われる2種類の放射線

 放射線療法は、放射線が照射された範囲のがん細胞の遺伝子にダメージを与え、がん細胞を死滅させたり、増殖を抑えたりする局所の治療法です。正常細胞は、がん細胞より放射線によるダメージが少なく回復も早いため、放射線療法によってがん細胞を効率的に攻撃することができます。

 放射線にはいろいろな種類があり、乳がんの治療には、主にX線もしくはγ(ガンマ)線(すなわち光子線)と、電子線が使われています。

 乳がんの治療では、主に リニアック(直線加速器)という機械を使い、エネルギーを集中させて強めたX線(追加照射の場合などは電子線)を照射します。リニアックは、画像診断(レントゲン撮影)で使用する放射線の数十倍の高いエネルギーの放射線を照射することができます。

 X線は、体表から0.5~1.5cmの深さに線量のピークがあり、深部にいくほど線量は減少します。電子線は、X線より飛程(エネルギーにより到達できる一定の距離)が短く、深部に達しないため、体表近くの浅いところを治療するときに用いられます。

 X線と同じ光子線であるγ線による治療は、頭蓋内の腫瘍病巣に対する定位放射線治療のために開発された専用の照射機器(ガンマナイフ)で行われます。乳がんでは脳転移への治療で使われることがあります。

乳がん乳房温存手術後に行う全乳房照射

図1 接線照射
図1 接線照射

 乳がんの乳房温存手術後の放射線療法(全乳房照射)では、患者さんは両腕(または片腕)を上げた状態で、リニアックの治療寝台に仰向けの姿勢になります。がんのある乳房全体が放射線照射されます。乳房の真上からX線をまっすぐに照射すると奥の肺や心臓にあたってしまうので、リニアックのアームを傾け、胸壁や乳房の接線方向に、斜め前と斜め後ろから照射する「接線照射」を行います(図1参照)。

 照射の角度や範囲は、「3次元 CT放射線治療計画」によって決められます。患者さんの体に専用のインクで照射範囲を示す目印のマークをつけます。

 照射時間は1回3~10分程度で、準備等を含めても15~20分で終わります。

乳房温存術後は全乳房照射が標準、回数の少ない「寡分割照射」に移行

 乳房温存術後には、手術した側の乳房全体に放射線を照射する「全乳房照射」を行うことが基本とされています。当院のデータでは、全乳房照射をすると、同じ側の乳房に2番目にできる別の乳がんの発症を防ぐ効果もあります。

 乳房温存術後の放射線療法では、従来、1回2Gyで週5日(5回)を5週間行い、合計25回で総線量45~50 Gyを照射する方法が標準的に行われてきました。日本ではまだ従来の方法で行われているケースが多いと思いますが、近年、1回の線量を増やして、3~4週間程度の短期間で治療する「寡分割照射」に移行しつつあります。その理由は、海外で1回の線量を増量する短期照射(カナダでは、2.66 Gy×15~16回、総線量40~42 Gyを照射する方法、英国では、2.5 Gy×15回、総線量40 Gyを照射する方法)を、従来の方法と比べた比較試験が行われ、術後10年間の局所再発率と生存率、副作用に差がないことがわかったからです。現在、西欧州諸国の主要ながんセンターでは、寡分割照射が乳房温存術後の標準治療になっています。通院に要する時間が節約できます。

 なお、乳房温存術後の局所再発は、多くの場合、切除した腫瘍の周囲から起こることから、欧米では、切除した周辺だけに部分的に放射線を照射する「加速乳房部分照射」が行われています。日本でも再発リスクの少ない人を対象に、この方法を臨床研究として始めている医療機関もあります。その場合は、症例を選んで慎重に行うことが求められます。

再発リスクが高い場合の「ブースト照射」

 乳房内再発を減らすため、通常の全乳房放射線療法に追加して行う放射線療法をブースト照射といいます。ブースト照射には主に電子線が使われています。電子線は飛程が短いので、乳房のボリュームが大きい場合では、放射線の飛程が長いX線を使います。

 具体的には、断端陽性の(腫瘍を切除した断端にがん細胞が残っている)場合は、断端陰性の場合に比べて局所再発率が高いため、通常、総線量10~16 Gy程度のブースト照射が行われます。断端陰性の患者さんでも、術後20年の術後再発率を低下させることから、一般に若年層には勧められています。

 当院では、キャンサーボードにおいて、患者個々の病態に応じて乳房温存術後の放射線療法を行うかどうかを決めていますが、放射線療法をする人にはブースト照射を加えています。

 なお、乳房全切除の場合も、がん細胞が取り切れなかったときなどは、外科医師と検討してブースト照射を加えることがあります。

リンパ節転移が4個以上なら放射線療法

 乳房温存術後や乳房切除後に、4個以上の腋窩リンパ節転移がある場合は、鎖骨上リンパ節などの領域リンパ節を含めて放射線療法を行うことが推奨されています。

 リンパ節転移が1~3個の場合は、欧米では放射線療法が推奨されています。しかし当院では、リンパ管の中にがん細胞が浸潤している場合や再発リスクの高い場合など、症例を選んで行います。

 乳房全摘後の場合は、ターゲット内の均一な線量分布や肺や心臓への照射を避けることなど、複雑な照射法が求められ、乳房温存術後よりも照射技術の難易度が高くなります。

 リンパ節郭清をして、リンパ節が取りきれていれば、放射線療法は不要ですが、リンパ節の外側にがんが浸潤していた場合などでは放射線療法をします。

放射線療法が勧められない場合

 放射線療法により、胎児への影響が懸念される妊娠中の患者さん、乳房の委縮を招く可能性がある強皮症、遺伝的な問題がある人などには、放射線療法の判断を慎重にします。また、乳がんの放射線療法は、仰向けになり、片腕または両腕を上げて行われるため、腕が上がらない人では勧められません。

乳房再建術と放射線治療

 インプラントを挿入して再建された乳房への術後の放射線療法は、有害事象が高まる可能性があるため、慎重に適応を判断し、注意深い放射線療法が必要です。しかし、手術中や後にリンパ節転移がわかった、再発リスクの高い患者さんには、乳房再建手術後に放射線療法を行うことで、再発リスクの低下と生存率が高まることが知られています。

 乳房全摘後に乳房再建をするために皮膚を伸長させるエキスパンダーを入れている場合には、放射線治療を避けるほうがよいでしょう。感染リスクが高くなるので、注意が必要です。

 また、抗がん剤治療を受ける場合は、その後に再建手術を行うと放射線治療が遅れてしまうため、再発リスクを減らすために放射線治療を行うか、再建手術を優先するか、どちらかの選択になる可能性もあります。

局所再発は再手術+放射線療法で治癒も目指せる場合がある

 局所再発がもっとも起こりやすい場所は、乳房温存術では腫瘍を切除した部分、乳房切除では胸壁ですが、放射線療法をしていれば、めったに再発しません(1~2%)。

 局所再発の場合は、再度治癒をめざすことが可能な場合があります。

 症例によって再発部位など多方面から検討され、手術による切除ではなく、放射線療法が選ばれる場合もあります。乳房や胸壁への局所再発であっても予後が悪いことがあるので、手術や放射線療法とともに、抗がん剤の治療をすることが勧められます。

遠隔再発への放射線療法は症状緩和が中心

 

 乳がんの遠隔再発が起こりやすい場所は、骨、肺、肝臓、脳などです。治療は、抗がん剤やホルモン療法、抗HER2薬などの薬物療法(サブタイプによって選択)が主体となりますが、放射線療法は、再発によって生じた症状を緩和する目的で治療が行われることがあります。

 骨転移では、痛みやしびれの症状が出てくることがあります。骨転移による痛みやしびれが出たときに放射線療法を行うと、その80%が軽快といわれています。放射線療法によって骨折が防げるかどうかの明確な根拠はありませんが、痛みを取る治療をしながら、患者さん自身が無理をせず気をつけて生活することが重要です。

脳転移には、ピンポイントで照射する定位放射線療法

 脳転移では、ガンマナイフというγ線専用照射機器で治療をすることがあります。リング状の装置に201個のコバルト60のγ線源が埋め込まれていて、多数のビームを病巣に向かって集中的に照射します。頭部にピンを打ち込んでリング状の装置を固定して行う必要があります。1回で治療できることがメリットですが、この装置がある医療機関は限られています。脳転移は、リニアックを用いた「定位放射線療法」でも治療できます。

 なお、脳転移の数が多い場合や、頭痛や吐気が強くけいれんが出るような場合には、全脳照射が行われることもあります。全脳照射の副作用として、認知症様症状が出ることがありますが、海馬の部分を避けてうまく照射した例では、認知症状に悩まされずに5年以上生存している人もいます。痛みをとる効果と副作用をしっかり理解して行うことが大切です。

放射線療法の副作用で一番多い日焼け症状

 乳がん手術後の放射線療法の副作用として起こるのが、照射した範囲の皮膚が、日焼けしたときのように赤くヒリヒリする放射線皮膚炎です。照射期間中、シャワーや入浴の際には、せっけんを泡立てて照射部分にのせる程度にして、ゴシゴシこすらないようにしましょう。放射線皮膚炎は最後の照射後、2種間ほどで治ります。その後、色素が沈着して黒っぽくなり、長期の時間経過とともにメラニン色素が減って、全体に白くなります。

 照射した乳房からは母乳や汗・皮脂が出なくなります。また、放射線療法をした温存乳房は、10年くらいたつとボリュームが小さくなることがあります。そのほか、治療後1~6か月くらいで起こる副作用として放射線肺臓炎があります。咳、息切れ、痰、発熱などの症状が起こりますが、多くは軽度で自然に治癒します。

 放射線療法の技術は日々進化しています。疑問点があったら、放射線治療科で相談していただければと思います。

プロフィール
小口正彦(おぐち・まさひこ)

1994年 信州大学医学部助手
1998年 信州大学区医学部附属病院中央放射線部助教授
2014年 がん研有明病院放射線治療部部長
2018年 がん研有明病院副院長・放射線治療部長・放射線管理部長

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