乳がん治療における個別化医療、プレシジョン・メディシン

2018.7 取材・文:柄川昭彦

 乳がんの薬物療法では、免疫組織化学的な検査によるサブタイプ分類が行われ、それぞれのサブタイプに応じた個別化治療が選択されてきました。近年になり、技術的に網羅的に遺伝子情報が調べられるようになると、がん細胞の遺伝子を調べ、それに基づいた薬剤を選択するプレシジョン・メディシン(精密医療)が注目されるようになってきています。乳がんの薬物療法においても、従来のサブタイプ分類の中に、遺伝子パネル検査によるプレシジョン・メディシンが組み込まれようとしています。

免疫組織化学的方法によるサブタイプ分類

 乳がん治療では、ステージ分類のほかに乳がんの組織的な性質の違いによって5つに分類する「サブタイプ分類」が行われます。現在のサブタイプ分類は、乳がん組織を採取し、組織を染色し顕微鏡で調べる(免疫組織化学的検査)ことで、タイプ分けを行っています。

 なぜ、5つのタイプに分ける必要があるかというと、それぞれの乳がんのタイプによって、有効な治療薬が異なるためです。そのため、乳がんならみんな同じ薬物治療を行うのではなく、その人の乳がんのタイプに合った治療法が選択されます。

 免疫組織化学的な検査では、がん細胞に現れている2種類のマーカーを調べます。1つのマーカーは「ホルモン受容体(エストロゲン受容体=ER、プロゲステロン受容体=PgR)」で、これが陽性か陰性か。もう1つはHER2というマーカーで、これが陽性か陰性かを調べます。

 その結果、4つのタイプに分類できます。

・ホルモン受容体陽性、HER2陰性
・ホルモン受容体陽性、HER2陽性
・ホルモン受容体陰性、HER2陽性
・ホルモン受容体陰性、HER2陰性

 さらに、「ホルモン受容体陽性・HER2陰性」を、増殖の速さを判断する、増殖のマーカーであるKi67を使い、増殖が速いか緩やかかによって2つに分け、5つのタイプに分類します。

サブタイプ分類

サブタイプ分類ホルモン受容体HER2Ki67値
ERPgR
ルミナルA型陽性陽性陰性
ルミナルB型(HER2陰性)陽性または陰性弱陽性または陰性陰性
ルミナルB型(HER2陽性)
ダブルポジティブ
陽性陽性または陰性陽性低~高
HER2型陰性陰性陽性
トリプルネガティブ陰性陰性陰性

▶ルミナルA ER陽性・PgR陽性・HER2陰性・Ki67低値
 増殖の緩やかな、比較的おとなしい乳がんです。ホルモン療法(内分泌療法)がよく効きます。

▶ルミナルB ER陽性または陰性・PgR弱陽性または陰性・HER2陰性・Ki67高値
 ルミナルAに比べると、増殖がやや速い乳がんです。ホルモン療法がよく効きます。

▶ダブルポジティブ ER陽性・PgR陽性または陰性・HER2陽性・Ki67低~高
 ホルモン療法も抗HER2薬も使うことができます。ただ、ルミナルA・Bに対するホルモン療法や、HER2タイプに対する抗HER2薬に比べると、それぞれの薬剤に対する感受性は高くありません。

▶HER2型 ER陰性・PgR陰性・HER2陽性
 抗HER2薬を使うことができます。ダブルポジティブに比べ、抗HER2薬がよく効きます。

▶トリプルネガティブ ER陰性PgR陰性・HER2陰性
 2種類のホルモン受容体(ER受容体、PgR受容体)が陰性で、HER2も陰性なので、トリプルネガティブと呼ばれます。ホルモン療法の対象にはならず、抗HER2薬も使えません。抗がん剤による治療が行われます。

 最近、がん医療の分野では、プレシジョン・メディシンが注目されるようになってきました。がんの増殖、性質や状態に関わる遺伝子変異を見つけ出し、それに応じた治療が行われるようになってきています。特に非小細胞肺がんの治療では、こうした遺伝子変異が多数発見され、それが薬物治療に活用されるようになってきました。ところが、乳がんではそのような遺伝子変異があまり見つかっていないこともあり、現在でも、免疫組織化学的なサブタイプ分類を中心にした治療選択が行われています。

BRCA遺伝子変異陽性乳がんに使える新しい治療薬

 乳がんの治療でも、一部でプレシジョン・メディシンが始まっています。

 乳がんの中には、遺伝性の乳がんがあることが知られています。BRCA1あるいはBRCA2という胚細胞の遺伝子変異を持つ人には、遺伝性(家族性)の乳がんと卵巣がんの発症リスクが高いことがわかっています。このような乳がんは、ルミナルAやトリプルネガティブに比較的多いことも知られています。

 BRCA1/2遺伝子変異に関連して発症する卵巣がんに対しては、オラパリブ(製品名:リムパーザ)という分子標的薬がすでに承認されています。2018年6月に、オラパリブの適応が拡大され、BRCA1/2遺伝子変異陽性の乳がんの治療でも使えるようになりました。ただし、1次治療からこの治療薬を使用できるわけではありません。現在の段階では、オラパリブを使えるのは、「がん化学療法歴のあるBRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性の手術不能または再発乳がん」と定められています。ホルモン受容体陽性ならホルモン療法をやり、その後に抗がん剤治療も行い、それが効かなくなった患者さんが対象となります。

 オラパリブの有効性を証明した臨床試験は、すでに化学療法を行ったBRCA遺伝子変異陽性乳がん患者さんを対象に行われました。アンスラサイクリン系抗がん剤とタキサン系抗がん剤が使われ、その治療が効かなくなった患者さんに対して、カペシタビンやナベルビンなど従来の抗がん剤を使用するグループと、オラパリブを使用するグループに分け、比較された結果、オラパリブが投与されたグループのPFS(無増悪生存期間=がんが増悪するまでの期間)の延長し、病勢の進行や死亡リスクが低減したことが確認されました。

 現在の段階では、オラパリブは化学療法歴がある患者さんに対する有効性が証明されているだけです。今後、新たな臨床試験結果が出ることにより、さらに早い段階から使用できるようになる可能性はあります。今後の臨床試験の結果次第といえます。

乳がんの薬物選択をより正確にする遺伝子パネル検査

 乳がん細胞の遺伝子を解析装置で複数の遺伝子変異を一度に網羅的に調べる遺伝子パネル検査の1つに「オンコタイプDX」という検査があります。乳がんの再発に関係する遺伝子など計21種類の遺伝子を調べ、再発のリスクがどの程度かを評価する検査です。

 乳がんの手術を受ける人の多くは、再発予防のために放射線治療や薬物療法が行われます。どのような薬物療法を行うのがいいかは、乳がんのサブタイプ、腫瘍の大きさ、リンパ節転移の程度などを参考にして決めています。たとえば、ルミナルAで腫瘍も小さいからホルモン療法だけにしようとか、リンパ節転移も4個以上あって心配だから抗がん剤による化学療法を行う、といった具合です。

 選択に迷わないケースもありますが、なかには判断が難しいケースもあります。たとえば、リンパ節転移は多いけれど、腫瘍は小さく、患者さんはできれば抗がん剤治療は受けたくないと思っている、というような場合です。

 また、リンパ節転移はないけれど、患者さんの年齢が比較的若く、これからの長い人生を考えると抗がん剤治療を受けたほうがよいかもしれない、といったケースです。

 このような判断に迷う場合に、オンコタイプDXによる遺伝子検査が有効だということが、臨床試験で明らかになっています。

 オンコタイプDXの結果は0~100の数値で表され、0~10が低リスク、11~25が中間リスク、26以上が高リスクと分類されています。判断に迷っていた場合でも、オンコタイプDXで低リスクだったらホルモン療法だけにする、高リスクだったのでホルモン療法に抗がん剤治療も加える、というように検査結果を利用できます。

 オンコタイプDXは日本でも受けることはできますが、保険が適用されていません。そのため自費で受けることになります。医学的に有用性が明らかになったことで、将来的には保険で受けられるようになるのではないかと期待されています。

遺伝子解の進歩による新しい治療薬の開発

 遺伝子を調べる技術が進歩し、がん細胞の多くの遺伝子を短期間で調べられるようになってきました。そこで、ある遺伝子変異をもつ乳がんに対してだけ、優れた治療効果を発揮する薬剤の開発が進められています。

遺伝子解の進歩による新しい治療薬とは
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プロフィール
田村研治(たむらけんじ)

1992年 広島大学医学部卒業
1995年 国立がんセンター研究所
1998年 ピッツバーグ大学薬効試験部
2001年 近畿大学医学部腫瘍内科
2007年 国立がんセンター中央病院乳線・腫瘍内科グループ/外来化学療法グループ
2013年 国立がん研究センター中央病院乳線・腫瘍内科科長 通院治療センターセンター長

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