肺がんの「陽子線治療」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者不破信和(ふわ・のぶかず)先生
兵庫県立粒子線医療センター 院長
1953年愛知県生まれ。三重大学医学部卒業。浜松医科大学放射線科、愛知県がんセンター(現愛知県がんセンター中央病院)放射線治療部、同部長、同副院長兼務を経て、2007年南東北がん陽子線治療センター開設に先駆け、着任。2008年10月同センターでの陽子線治療開始。2012年4月に現職の兵庫県立粒子線医療センター院長に就任。

本記事は、株式会社法研が2012年3月24日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 肺がん」より許諾を得て転載しています。
肺がんの治療に関する最新情報は、「肺がんを知る」をご参照ください。

がん細胞を的確に狙い撃ち、体への負担は最小限に

 線量をコントロールして肺がんの病巣に最大線量を照射できる放射線療法です。
 がん細胞に対する殺傷能力が強力で、正常細胞への影響は最小限という利点があります。

ピンポイントで高エネルギーを放出する性質を利用

X線と陽子線によるDNA損傷作用の違い従来の放射線療法と陽子線治療の照射の違い陽子線治療の特徴

 放射線のもつエネルギーをがん病巣に当て、遺伝子レベルでがん細胞を破壊するのが、放射線療法です。陽子線治療に用いられる陽子線も放射線の一種です。水素の原子核である陽子を、光の速度の約70%まで加速してつくり出したもので、炭素イオンを利用する重粒子線とともに、粒子線と呼ばれています。
 従来の放射線療法で使用されているのはX線です。X線には、体の表面近くの放射線量が最大で、低下しながらがん病巣に届き、そのまま通り抜けていくという性質があります。つまり、体の表面や、がんの先にある正常組織への影響が避けられないため、常にその点を考慮しながら、照射する放射線量を決めることになります。
 これに対して、陽子線は、体に入るときの放射線量は低めで、ある程度深部に進んだところで最大線量となって高いエネルギーを放出し、そこで消失するため、さらに深くまで進むことがありません。
 この、最大線量となる部分を「ブラッグピーク」といい、この位置にがん病巣が来るように調整して照射するのが陽子線治療の特徴です。がん病巣にエネルギーを集中させ、照射の通り道となる正常細胞やほかの臓器への影響を最小限にとどめることができます。また、ターゲットとなるがんの大きさに合わせて、ピークの区間を引き延ばす照射法も取り入れられています。
 がん細胞を破壊する力が強いのも、陽子線の特徴です。正常な細胞と同様、がん細胞の遺伝子(DNA)も二重らせん構造をしていますが、従来の放射線療法では片側のらせん構造のみを切断する確率が高く、がんが残ってしまう危険性があるとされています。しかし、陽子線治療では一度に両方のらせん構造を切断する確率が高いため、より確実にがん細胞を死滅させることができます。
 陽子線治療は、術中も術後もとくに治療に伴う痛みはなく、術後の合併症もおこりにくいため、早期(I期)なら、仕事を続けながら通院で治療を受けられます。これらが陽子線治療のメリットといえます。

放射線量を分割して正常組織への影響を防ぐ

日本国内の実施施設状況

 陽子線と同様の性質をもつ放射線に重粒子線があり、がんに対してどちらも同様の治療効果を発揮しています。ただし、重粒子線に利用する炭素のイオン(電気を帯びた原子)は陽子より大きく重いので、重粒子線は陽子線より、破壊力が大きいという性質があります。
 そのため、正常組織に対する障害は、陽子線のほうが出にくいとの指摘もあります。また、陽子線は回転ガントリーによりいろいろな方向から照射ができるため、肺がんの治療には陽子線が適していると、私は考えています。
 もちろん陽子線治療であっても、がん細胞だけでなく、正常組織にも放射線は当たります。現在は、がんを死滅させるのに必要な線量を分割し、1回当たりの線量を下げて正常組織への影響を抑え、がんの形に合わせて、2方向からの照射を行っています。
 陽子線治療については、私の勤務する南東北がん陽子線治療センターでも、がん以外の正常な部位への照射量を減らすために、複雑ながんの形に沿った立体的な照射法の研究が進んでいます。ただし、肺はほかの臓器と異なり、呼吸によって1cm単位の動きがあるため、標的の絞り込みには難しさがあります。
 2012年2月現在、陽子線治療を実施している施設は、当施設(南東北がん陽子線治療センター)のほかに6施設あります。いずれも2012年2月現在、先進医療として認められており、承認年順に、国立がん研究センター東病院(千葉県)、兵庫県立粒子線医療センター、静岡県立静岡がんセンター、筑波(つくば)大学附属病院陽子線医学利用研究センター(茨城県)、メディポリス医学研究財団がん粒子線治療研究センター(鹿児島県)、福井県立病院陽子線がん治療センターです。
 また、現在建設中の施設として、北海道大学病院、相澤(あいざわ)病院(長野県)、名古屋陽子線治療センター(愛知県)があります。

●陽子線治療の適応となるがん
早期の非小細胞肺がん
・手術ができない、または手術を受けたくない
・がんの大きさが3cm未満(すりガラス状陰影が50%以上を占めている場合を含む)
局所進行非小細胞肺がん
・リンパ節転移がない、または転移リンパ節ともともとのがんが一度に照射できる位置にあり、照射範囲が8cm未満
抗がん薬の効きにくくなった小細胞肺がん

南東北がん陽子線治療センターの場合

サイズの大きながんにも有効 進行がんには抗がん薬を併用

 陽子線治療は、体への負担が非常に少ない治療法です。そのため、手術ができない、あるいは手術を行うには危険度が高い患者さんに適しています。具体的には、(1)75歳以上の高齢者、(2)若くても喫煙や肺気腫(はいきしゅ)(COPD:慢性閉塞(へいそく)性肺疾患)などで肺の機能が低下している人、(3)心臓病や糖尿病などの持病がある人、などです。
 がんの病期や特徴でいうと、陽子線治療が適しているのは次のとおりです。

●I期の非小細胞肺がん


 病期では、がんの大きさが3cm以下で、同一肺葉(はいよう)内にとどまっているI期の非小細胞肺がんがもっとも適しています。陽子線治療では、最大エネルギーをがんに集中させることができるため、高い治療効果が得られます。

●すりガラス状陰影(GGO)


 CT検査で、通常は白く映るがん病巣が淡く映る、ごく早期の肺がんです。リンパ節転移の心配はほとんどないため、陽子線治療を第一選択としてもよいと考えています。

●一部の局所進行がん


 III期までの局所進行がんのうち、がんが同一肺葉内にとどまっている場合には、陽子線の強い破壊力を生かしてがんをたたくことができます。当施設(南東北がん陽子線治療センター)では約7cmの肺がんを治療した実績もあります。ただし、リンパ節転移がないか、リンパ節転移があっても、もともとのがんとまとめて照射できる範囲にとどまっているケースに限られます。
 局所進行がんに対しては、抗がん薬を併用した治療の効果が高いと考えられ、抗がん薬の併用も行っています。

●抗がん薬の効果が低下してきた小細胞肺がん


 がんの組織型で分けた場合では、陽子線治療は非小細胞肺がんの治療に適していますが、抗がん薬が効かなくなってきた小細胞肺がんの治療も行っています。がんがみつかるたびに照射を行うことで、生存期間の延長に役立っています。

陽子を加速し、回転する照射装置へ送る

陽子を加速し、回転する照射装置へ送る

 肺がんの陽子線治療には、回転ガントリーが使われています。患者さんが横たわった状態で、照射装置が回転し、最適な角度からがんの大きさや深さに応じて陽子線が照射されます。
 回転ガントリーは、照射室の壁の裏側にある機械で、全長、高さとも10m、総重量約180トンという非常に巨大なものです。患者さんからは見えませんが、照射装置が回転しているときは、その裏側でこの巨大なガントリーも回転しています。
 このガントリーにつながるのが、陽子線を送り込んでいる加速器です。水素ガスからつくり出された陽子が、線形加速器に送り込まれ電気エネルギーで加速されます。
 さらに、サーキットのようにぐるぐる回る全周20mのシンクロトロンという装置で、陽子の本格的な加速が行われます。シンクロトロンでは、磁石で経路を曲げながら陽子を走らせ、光速の約70%という猛スピードに加速します。
 こうしてつくられた陽子線が回転ガントリーを経て、患者さんに照射されるしくみです。

治療の進め方は?

 正確な照射のために、体の固定具を製作し、呼吸に合わせて、綿密な治療計画を立てます。
 実際の治療では患者さんは横になっているだけ、照射時間そのものは2~3分程度です。

固定具製作、呼吸同期など治療の準備を進める

治療台の上にあるのが、患者さんの体の位置がずれないようにする固定具

 当施設(南東北がん陽子線治療センター)で陽子線治療を受けるのは、他施設からの紹介で、肺がんと診断された患者さんが基本です。
 陽子線による肺がん治療は、徹底した検査から始まります。
 まず、PET(陽電子放射断層撮影法)検査やCT検査でがんの位置や大きさ、形状などを確認します。あわせて、肺の機能をはじめとする一般的な検査を行い、心臓病や糖尿病などの持病の有無や進行度も確認します。そのうえで陽子線治療が適しているかどうかをチェックすることになります。
 治療することが決まったら、最初に固定具を作ります。これは、常に一定した位置で治療を受けられるようにするためのものです。患者さんの位置を一定に保つことは、がん病巣に正確に照射をし、正常組織への影響を減らすために欠かせません。
 固定具の形状にはとくに標準はなく、施設ごとに工夫しているのが現状です。当施設(南東北がん陽子線治療センター)では、照射可能な範囲をできるだけ広げ、背中側からの照射も考慮しています。その際、固定具が障害となって、照射方向が制限されることのないよう、薄めの素材を用いています。なお、当施設(南東北がん陽子線治療センター)では、なるべく楽な状態で治療を受けてもらうため、肺がんの患者さんには胸側を覆って固定する、プラスチック製の固定具は使用していません。
 次に、固定具を使ってCT画像を撮影します。この画像に基づいて照射に最適な位置を決め、治療計画を立てることになりますが、このとき、呼吸によって肺が動き、照射位置がずれることのないよう、「呼吸同期撮影法」という方法をとります。
 これは、CT画像撮影時に患者さんの腹部に赤外線レーザーを感知する装置をつけ、これに向けて上部からレーザーを当てるという方法です。レーザーが反射してくる時間によって、呼吸による胸部の動きをとらえ、患者さんが息を吐き終わったときのCT画像を撮影します。このCT画像をもとに、医学物理士が、医師の指示を受けて、綿密な治療計画を作成します。
 実際の治療時にも、呼吸同期を行い、患者さんが息を吐き終わったときに合わせて照射します。

治療計画に合わせてシミュレーションをする

初診から治療終了後まで

 治療計画が決まったら、陽子線が到達する深さを調節する、ボーラスというポリエチレン製の器具を製作します。患者さんのがんの形に合わせ、一人ひとりに専用のものを作り、照射口にセットして用います。
 陽子線治療では一般に照射範囲を絞るコリメータという器具も製作しますが、肺がん治療の場合、当施設(南東北がん陽子線治療センター)では照射口に組み込まれた、コンピュータ制御のマルチリーフコリメータという装置を利用しています。左右40枚の鉄製の板が開閉するシステムで、鉄製の板は陽子線をさえぎるため、板が開いたところだけ陽子線が通ります。開閉の形を変えて照射範囲を絞り、がんの形に合わせた照射が可能になります。
 ボーラスができたら、患者さんのいない状態で、治療計画に合わせたシミュレーションを行います。陽子線を照射した場合の実際の線量分布を測定し、治療計画どおりであることを確認したうえで、実際の照射に移ります。最初の検査からここまで約1週間かけて、念入りに検査や測定などを行います。

痛みも熱感もなし約20分で治療は終了

 実際の治療では、患者さんは治療台にセットした固定具の上に横たわって、じっとしているだけですみ、痛みも熱も感じません。
 診療放射線技師が呼吸同期照射法によって患者さんの腹部の動きをチェックし、正確な照射位置を確認してから照射を行います。照射口のついた円形の装置(回転ガントリー)や治療台の動きによって、照射角度を調整するので、患者さんは動く必要がありません。初めの位置決めも含め、患者さんが治療室に入って退出するまで約20分、実際の照射時間は2~3分程度です。
 照射が終了した直後に、PET-CT検査を行い、治療計画どおりに陽子線が照射されているかを確認します。
 陽子線治療を行うと、直後には照射した場所からごくわずかの放射線が出ています。当施設(南東北がん陽子線治療センター)では、この微量の放射線をとらえ、画像化するPET-CTという装置を備えています。放射線は数分で消えてしまうため、できるだけ速やかに撮影する必要があります。
 PET-CT室は治療室近くに設けてあり、5分程度で画像確認ができます。初回照射後は必ず、以降は必要に応じてこの検査を行います。

I期のがんなら2週間で10回、合計66グレイを照射

陽子線照射後に照射部位を確認できるPET-CT

 陽子線治療は早期であれば、外来で行います。
 照射線量(単位は人体が受ける放射線のエネルギー量:グレイ)は、I期のがんなら1回6.6グレイを、2週間かけて10回照射し、合計66グレイ。これを基準に、がんの大きさに合わせて照射線量を増やします。たとえば、心臓などに近接している場合、1回3.2グレイを5週間かけて25回照射し、合計80グレイが標準です。リンパ節に転移している局所進行がんに対しては、1回2.4グレイを6週間かけて30回、合計72グレイを当てます。
 さらに抗がん薬を併用する場合は、照射の前後に、紹介元の医療機関の担当医、あるいは抗がん薬の専門医のもとで化学療法を受けることになります。
 陽子線治療終了後の生活には、とくに制限はありません。仕事をしながらの治療も可能です。治療終了後は、紹介元の医療機関と連携して、定期的に患者さんの肺をはじめとする全身の状態の観察を続け、治療効果と合併症の確認を行います。

回転ガントリー照射室

治療後の経過は?

 I期では手術と同等の治療効果を得ています。
 病巣周囲の正常な臓器や器官への照射線量も低く抑えられるので、合併症も少なくなります。

I期では100%に近い局所制御率が得られる

 当施設(南東北がん陽子線治療センター)では2008年10月の開設以来、I期肺がんの患者さん46人に対して陽子線治療を行ってきました。そのうち45人はもともとがんがあったところからは、照射2年後、がんがみつかっていません(局所制御)。2年無病生存率(再発がない状態で生存している患者さんの割合)は陽子線治療を受けた人の7~8割で、手術を受けた場合と変わらない効果を上げています。
 局所進行がんに対しても、陽子線治療と抗がん薬を併用した例の治療実績が出始めており、がんが3~7cm未満で同側の気管支周囲や肺門(はいもん)、肺内にリンパ節転移のある患者さん(T2N1)では、もともとのがんが消失していました。
 また、兵庫県立粒子線医療センターの報告ですが、陽子線治療と重粒子線治療の効果を比較した結果も明らかになっており、I期肺がんの場合、5年生存率は同等でした。

2方向からの照射でも、正常細胞への影響を抑えられる

陽子線治療の治療効果と正常組織への影響

 一般的な放射線療法でも、がん以外の正常部位への影響を減らす工夫がなされており、その1つががんの形や大きさに合わせて多方向から放射線を当てる定位放射線照射です。この定位放射線照射と陽子線治療を比較したデータでは、6.6グレイずつ10回照射した場合、がん病巣に当たった線量は同等でした。しかし、周囲への影響をみると、陽子線治療では正常な肺の10%程度に合計10グレイ当たっているのに対し、定位放射線照射では20%に照射されていました。
 多方向からの照射はがんをピンポイントで狙ううえでは有効ですが、治療計画が複雑になり、そのぶん治療時間が長くなる傾向があります。陽子線治療では、ブラッグピークを利用して最大線量をがんに集中して照射できるため、2方向からの照射でも十分同様の効果が期待でき、正常細胞への影響も抑えることができます。
 今後、この原理を応用して、4~6方向から陽子線を照射すれば、縦隔(じゅうかく)や胸膜からある程度離れた肺がんの場合は、1日で目標の線量を照射できると考えられます。これは、将来的な課題の1つとなっています。

合併症で多いのは、正常細胞への照射による肺炎

 陽子線治療の照射後の合併症でもっとも多いのは肺炎です。当施設(南東北がん陽子線治療センター)での照射後の肺炎による死亡例は出ていませんが、陽子線が肺の正常細胞に当たった場合、肺炎をおこす危険性が高まります。陽子線治療で治療を要する肺炎がおこるのは、治療を受けた人の2~3%とされています。
 このほか、陽子線が正常な部位に当たってしまうことにより、気管支なら気管支炎、血管なら出血や動脈瘤(りゅう)などがおこることもあります。
 がんの再発・転移はもちろん、このような合併症のチェックのためにも、照射後の経過観察は重要です。

先進医療が認められていて通院なら総額300万円

陽子線治療の基本情報

 当施設(南東北がん陽子線治療センター)での陽子線治療は先進医療として認められており、照射にかかわる費用は全額自費になりますが、検査や入院などの費用には健康保険が適用されます。
 照射にかかわる費用は288万3000円、これに検査や入院の費用が加わると、通院で約300万円、入院で約350万円となります(2012年2月現在)。

体幹部定位放射線療法(SBRT)

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