早期非小細胞肺がん治療に「体幹部定位放射線療法(SBRT)」という選択肢

武田篤也先生
監修:大船中央病院放射線治療センター長 武田篤也先生

2018.7 取材・文 村上和巳

 厚生労働省の人口動態統計で見ると、2016年時点でがんの中で最も死亡者が多いのが肺がんです。肺がんでは各種治療の進展も著しく、肺のみにがんがとどまって見つかった、いわゆる早期肺がんの患者さんでの5年相対生存率は、1993~1996年に診断された人たちでは65.8%でしたが、2006~2008年に診断された人たちでは80.6%と治療成績は向上しています。従来から、早期の非小細胞肺がんの治療方法は手術というのが一般的でしたが、近年、手術を行わずにがんにピンポイントで放射線を照射する体幹部定位放射線療法(SBRT)が注目を集めています。このSBRTについて、大船中央病院放射線治療センター長の武田篤也先生にお話をうかがいました。

手術ができない早期の非小細胞肺がん患者さんへの治療選択肢

早期肺がんとはどのような状態か?

 早期肺がんというのは、病期(ステージ)Ⅰ(I A1~A3とIBの4段階)で、がんが肺の中にとどまり、周辺にある縦隔リンパ節や他臓器への遠隔転移がない状態で、がんの大きさ(充実成分径)が4cm以内のがんを指します(日本肺癌学会「EBM手法による肺癌診療ガイドライン2017年版」より)。

早期の非小細胞肺がんに対する治療の現状は?

 一般に、臓器に発生するすべての早期がんは、手術でがんを完全に取り除くことで治癒が見込めます。早期の非小細胞肺がんも、同様に手術が第一選択です。ただし、医学的な理由で手術ができない早期の非小細胞肺がんでは、放射線治療が選択されることもあります。早期の非小細胞肺がんに対する放射線治療として注目を集めているのが、体幹部定位放射線治療(SBRT)です。

従来よりもピンポイントかつ高い放射線量を照射するSBRT

SBRTと従来の放射線治療との違いは?

 従来の放射線治療では、がんに対して1回当たり2グレイ(Gy)という低めの放射線量を1日1回数分間、約30回照射します。平日毎日照射するため、治療期間は合計約6週間になります。 呼吸を小さくする等の対策をとらず、照射方向も限定されるため、比較的広い範囲に放射線を照射します。

 一方、SBRTは、位置精度を向上させ、いろいろな方向からピンポイントかつ集光的に照射します。1回当たり10Gyを超える放射線量を30分ほど照射します。照射回数は、おおむね3~5回で、1週間以内に終わることが多いです。

SBRTと従来の放射線治療では、治療効果にどの程度の違いがあるか?

 放射線治療の効果を数字で評価するときのひとつの指標として、「局所制御率」があります。これは、放射線治療後一定期間、治療を行った病巣に再発がない人の割合を示します。

 治療後3年間の局所制御率で見ると、SBRTが登場する約20年前の時点で、通常の放射線治療の3年局所制御率は50%未満でした。この数字は、放射線科医が患者さんを3年間追跡できていた場合に限定した成績なので、厳密な3年局所制御率はさらに低いものだったと考えられます。また、放射線医の認識として、従来の放射線治療は肺 がんを縮小することはできても完治は難しい、とされていました。

 SBRTの3年局所制御率は、90%以上と報告されています。さらに、過去20年間で技術的進歩があるため、現在、施設によっては99%という場合もあります。

手術可能でも、持病があるなど術後のリスクが高い患者さんはSBRTの対象に

SBRTが対象となるステージは?

 医療保険が適用されるのは、がんの大きさが5cmまでと定められています。EBM手法による肺癌診療ガイドラインによれば、がんが肺にとどまってリンパ節転移や他臓器への遠隔転移がない、ステージIIの初期であるステージIIAまでが対象となります。ステージI~IIAの早期の非小細胞肺がんで、医学的な理由で手術ができない場合は根治的放射線治療の適応があり、行うように勧められます。また、線量の集中性を高めるSBRTを用いることが勧められます。

 がんが5cmを超えると、画像上は見えていなくともリンパ節転移や遠隔転移の可能性が高いと考えられ、SBRTは推奨されていません。そのため、がんが肺にとどまっていたとしても5cmを超えるがんの場合は、SBRTは研究的な治療と位置付けられています。

肺がんのTNM分類で見るSBRTの対象となるステージ

N0N1N2N3M1aM1bM1c
T1aIA1IIBIIIAIIIBⅣAⅣAⅣB
T1bIA2IIBIIIAIIIBⅣAⅣAⅣB
T1cIA3IIBIIIAIIIBⅣAⅣAⅣB
T2aIBIIBIIIAIIIBⅣAⅣAⅣB
T2bIIAIIBIIIAIIIBⅣAⅣAⅣB
T3IIBIIIAIIIBIIICⅣAⅣAⅣB
T4IIIAIIIAIIIBIIICⅣAⅣAⅣB
日本肺癌学会編「臨床・病理 肺癌取扱い規約 2017年1月(第8版)」(金原出版)より作成

:SBRTの対象となるステージ(医療保険が適用される)。
:臨床研究としておこなわれるステージ。患者さんの状態を総合的に見て判断。

あわせて読みたい「TNM分類」とは?

医学的に手術ができない患者さんとは、どのような状態か?

 肺は肺葉と呼ばれる区域で構成され、右肺が3つ、左肺が2つの肺葉に分かれています。肺がんの手術の際は、がんのある肺葉を全てとそれに連なる縦隔リンパ節を切除するのが標準治療です。縦隔リンパ節も切除するのは、画像上でリンパ節にがんの転移が見つかっていない場合でも、切除された縦隔リンパ節の検査をすると、リンパ節へ転移していることがあるためです。また、リンパ節に転移があれば、続いて化学療法を行うことが推奨されます。

 肺葉を全てではなく、がんのある部分をその周囲を含めて小さく切除する縮小手術という手法もあります。ですが、肺葉を丸ごと切除することに比べて再発リスクが約3倍高いことが分かっていて、標準治療として推奨はされていません。

 がんが見つかっている肺葉を切除後、日常生活に支障のない肺の能力(肺予備能)を保てないと想定されるような、肺の機能が悪い患者さんでは手術ができません。肺の検査では息を吐きだすときの最初の1秒間に吐き出される空気の量を1秒量(FEV1.0)といいますが、手術後の予測1秒量がおおむね800mlを超えていることが、手術適応のひとつの目安となります。また、心筋梗塞や脳梗塞の既往があったり、腎不全や重症の糖尿病を合併している場合、術後に増悪したり、合併症の頻度が高くなるため適応外と判断されることがあります。手術適応の基準は、その他の患者さんの状況にも左右されるので、これはあくまでもひとつの目安として捉えましょう。

医学的に手術が可能であってもSBRTを選択する場合は?

 医学的に手術可能とする判断には基準があるものの絶対的なものではなく、施設によってもその基準はまちまちです。手術可能と判断されても、若干の心配が懸念され、手術を行うことにリスクを伴う患者さんがいます。軽症の病気を合併してる場合や、高齢者の患者さんなどがそれに当たります。SBRTを積極的に行っている施設では、治療前の症例検討にて専門医どうしで相談されている場合もあり、選択肢のひとつとしてSBRTが提示される場合もあります。しかし、そのような施設は少ないのが現状です。その場合は、早期肺がんであってもSBRTを治療選択肢として考えていいと思います。実際に、私がSBRTを行った患者さんで最も多いのが80歳前後です。

 また、なかには年齢的には50代くらいで、手術に耐えられる体力は持っている場合でも、手術を希望しない方もいらっしゃいます。多少の治療成績の不確実性や低下の可能性を了解の上で、生活の質を重視する価値観を持った方などです。そういった患者さんにも、SBRTは適した治療だと思います。

肺がんの種類によって治療効果は変わるか?

 肺がんは、大きく非小細胞肺がんと小細胞肺がんに分類されます。非小細胞肺がんでは、さらに、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんに分かれます。

 非小細胞肺がんの場合は、組織型によってSBRTの有効性の違いはとくにありません。一方、小細胞肺がんは、多くの場合、比較的進行した状態で発見されるため、局所だけを放射線で制御しても再発リスクが高いのが現状です。そのため、SBRTによる治療が適する患者さんは、それほど多くないといえます。

早期肺がんでもSBRTが向かない患者さんとは?

 食道に近くにがんが存在したり、肺の入口に当たる肺門部周辺にがんがあったりする場合は、近くに傷つけることができない食道、気管支や血管があるので、SBRTを行うことが困難な場合があります。また、肺門部周辺のがんは、手術の場合も難易度が高くなるケースです。

SBRTのメリットは、治療の際に患者さんが現在の生活をおおむね維持できる点

早期肺がんでの手術とSBRTとの治療成績の比較は?

 早期の肺がん患者さんを2つに分け、手術とSBRTの治療成績を比較する信頼性の高い研究は、今のところありません。

 手術とSBRTでは、一般的に治療を行う患者さんの平均年齢が違います。また、SBRTを行う患者さんは、持病を持っていたり、体力的に衰えていたりすることが多いです。手術では縦隔リンパ節はほぼ切除され、さらにはリンパ節に転移がある場合、術後再発予防を目的とした術後補助化学療法を行います。体力に余力があるため、再発予防を念頭に置いた治療を行うメリットがあるのです。以上のように患者の体力や治療方針が異なるため、過去に報告された手術の成績とSBRTの成績を単純に比較することはできません。

 そのなかでアメリカのがん登録より、ステージI~IIAの非小細胞肺がん患者さん9093例を抽出し比較した研究は、患者数も多く、比較的信頼性が高いと思います。手術(肺葉切除術)とSBRTを受けた患者さんの中から、年齢、性別、合併症、体力、ステージなどの要素が類似する患者さんを抽出して分析する「傾向スコア分析」という方法で比較しています。

 その分析結果では、類似する患者さんとして高齢または合併症がある方がマッチングされました。その結果、手術とSBRTの生存率は、統計学的に解析すると差がないという結果が出ています。条件が異なれば、多少異なる結果が出る可能性もありますが、治療成績には大きな差がないかもしれません。

 治療法を選択する際には、治療成績を優先する医学的判断も大事ですが、治療を受ける患者さんの価値観もそれ以上に大事です。両者を照らし合わせて、主治医と相談しながら決めるのも方法でしょう。必ずしも医師の判断が絶対ではありません。

手術、SBRTそれぞれの合併症の発症頻度と主な合併症は?

 手術とSBRTでは治療法が大きく異なりますので、合併症の種類も頻度も大きく異なります。そのため、一概に比較することは難しいですが、手術では軽度のものも含めた何らかの合併症が起こる確率は約15%で、SBRTでは14%です。治療から30日以内に死亡してしまう治療関連死の確率は手術、SBRTともに0.5%未満でまれなことです。

 主な合併症は、手術では一部の肺がしぼんでしまう無気肺や細菌性の肺炎、不整脈などで、SBRTでは放射線の照射で肺の組織の一部がダメージを受ける放射線肺臓炎です。

手術と比較した際のSBRTのメリット、デメリットは?

 SBRTのメリットは、治療中、治療後に際して患者さんが現在の生活をおおむね維持できるという点です。例えば、現役世代の働いている患者さんでは、手術の場合、入院から術後に元のような生活に復帰するまで1か月程度はかかります。これに対してSBRTでは、入院して治療する場合でも多くは5日間、仕事がある人ならば連続5日間の半休を取得すれば、治療はほぼ終了です。翌週からは、仕事も含め今まで通りの生活を送れます。いわゆる生活の質(QOL)は治療前後でほとんど変わりません。

 デメリットに関しては、先ほどの再発率の件も含め、手術に比べると歴史が浅いので、データが必ずしも出そろっていないことです。少なくとも、手術に比べて治療成績が劣るとは言えないものの、まだわからない部分もあるということです。

縦隔リンパ節転移は事前のPET/CT 検査で確認

縦隔リンパ節の未処置と再発への影響は?

 早期肺がんでの手術では縦隔リンパ節を予め切除しますが、SBRTではそうした処置はありません。これは、再発率にどの程度影響するのでしょうか。

 SBRT後に生じる縦隔リンパ節の再発率は、約10%と言われています。この10%の内訳は、半数が縦隔リンパ節転移のみの再発、残り半数が他臓器への遠隔転移まで伴った再発です。縦隔リンパ節のみの転移ならばその部分のみを標的にした放射線療法と抗がん剤による化学療法の併用、遠隔転移がある場合は化学療法が主体となります。縦隔リンパ節の切除を行っている手術でも、頻度は少ないですが再発は認められるので、厳密に両者の再発率の違いが比較できたとしても、差は数%ではないかと推定されています。

 縦隔リンパ節の切除がないSBRTの欠点をあげるとすれば、再発予防のために補助的な化学療法を行う患者さんを事前に見つけ出せていないということだと思います。早期肺がん手術後の縦隔リンパ節検査で、縦隔リンパ節転移が10%強の患者さんで発見されます。この場合は、再発予防を目的に術後の化学療法を行います。この点が、手術を行った患者さんの生存率や再発率に若干の上乗せ効果を与えている可能性があります。

早期肺がんでSBRTを行う際に、予防的な縦隔リンパ節への放射線照射は?

 まず、縦隔リンパ節への転移があるかどうかをPET/CT検査で確認することが推奨されています。この検査を行った場合でも、微少なリンパ節転移が10%あるといわれています。SBRT前の検査でリンパ節転移が発見された場合は、ステージがII期以上に上がってしまいますので、化学療法と放射線治療の併用療法が標準的治療になります。

アメリカでは約3人に1人がSBRTを選択

日本では早期肺がんにおけるSBRT治療は広まっているか?

 日本では、がん患者さんが受けた治療を追跡できる大規模ながん登録データベースがまだ整備されていないので、正確な数字はありません。ただ、私が肺がんに関連する医学系学会が公表しているデータを総合して推計した結果では、早期肺がん患者さんでSBRTを受けた人は5%程度です。

 アメリカの大規模ながん登録データベースSEERのデータを見ると、アメリカではステージⅠの早期肺がんの患者さんでSBRTを受けた人は、2012年時点で25.8%です。アメリカでは、年々SBRTを受ける患者さんが増加していますので、現在では推定で早期肺がん患者さんの約3人に1人はSBRTを選択していると考えられます。この差は治療に対する認知度の差だと思われますが、日本でも多くの方に早期肺がんではSBRTという治療法があることをまず知っておいていただきたいと思っています。

プロフィール
武田篤也(たけだあつや)

1994年 慶應義塾大学 医学部卒業
1994~2004年 慶應義塾大学、防衛医科大学、都立広尾病院勤務
2005年 大船中央病院放射線治療センターを開設
現在 大船中央病院放射線治療センター長、慶應義塾大学客員講師、東海大学客員教授、東京医科歯科大学非常勤講師を兼務