乳がんの術後薬物療法「抗がん薬治療(化学療法)」治療の進め方は?治療後の経過は?
- 清水千佳子(しみず・ちかこ)先生
- 国立がん研究センター中央病院 乳腺科・腫瘍内科医師
1971年東京都生まれ。1996年東京医科歯科大学医学部卒業。国立がんセンター中央病院レジデント、がん専門修練医を経て2003年7月より国立がん研究センター中央病院乳腺科・腫瘍内科医員。専門は乳がんの薬物療法。2003年のM.D. Anderson Cancer Center Medical Exchange Programへの参加ががんの「チーム医療」を考えるきっかけに。乳がん患者のサバイバーシップの包括的な支援を目指す。
本記事は、株式会社法研が2011年11月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 乳がん」より許諾を得て転載しています。
乳がんの治療に関する最新情報は、「乳がんを知る」をご参照ください。
がん細胞をたたき再発を予防
手術後に再発の予防を目的として行う治療です。肉眼では確認できないものの、すでにあるかもしれない微小転移を抗がん薬によって根絶させます。
微小転移の可能性をたたく術後の再発率は1割以上
乳がんの治療では、手術後に抗がん薬を用いた薬物療法をする「術後薬物療法」が広く普及しています。もちろん、目にみえる範囲のがんは、取り残しのないように、手術によって取りきります。しかし、実は、乳がん患者さんの多くがかかっている、しこりが小さくてリンパ節への転移が確認されない早期がんであっても、手術後に20~30%の割合で再発がおこることが知られています。つまり、ごく小さな転移(微小転移)が体のなかに残っていることを否定することができないのです。
そこで、抗がん薬によって、体のどこかに潜んでいるかもしれない微小転移をたたき、再発を防いで、術後の生活を元気に過ごす確率を高めようというのが、術後の抗がん薬治療の目的です。
術後の抗がん薬治療は、再発リスクが高いと判断される患者さんに対して提案し、メリットとデメリットをよく説明したうえで、患者さんが納得して要望する場合に行うもの、と当院では位置づけています。
この治療法の有効性は、世界中の臨床試験で確かめられています。しかし、抗がん薬治療は、患者さんにとって決して楽な治療ではありません。副作用に苦しむことも少なくないうえに、術前薬物療法と違って、治療の効果が目に見える形で現れません。また、つらい治療を行っても、なかには再発や転移をおこしてしまう患者さんもいます。治療を行う以上は、そういったことがあっても後悔しないように、患者さんには治療の意味について十分理解して、最後まで治療を継続していただきたいと思っています。そのための説明は惜しまず、できるだけ丁寧に行うように心がけています。
国際会議の報告を参考に治療方針を検討
さて、患者さんの再発リスクについての考え方ですが、これまで、わきの下のリンパ節(腋窩リンパ節)の転移の有無や、しこりの数、しこりの大きさ(腫瘍径)などが、乳がんの再発リスクの指標とされてきました。現在ではさらに、乳がんの生物学的特性(ホルモン受容体やHER2の状態など)も重要な因子として考慮されるようになってきています。こうした考え方は、2年に1回スイスで開かれる乳がんの国際会議「ザンクトガレン国際乳がん会議」の推奨などを参考にしています。この会議で話し合われる内容は、日本だけでなく、世界中の乳がんの診療に大きな影響を与えています。
最近の方向性としては、乳がんのタイプを、「ルミナルA」、「ルミナルB」、「HER2(ヒト上皮増殖因子受容体2型)陽性」、「トリプルネガティブ」といった生物学的な分類によって、それそぞれに適した術後薬物療法を実施するのが望ましいとされています。
術後の抗がん薬化学療法が必要な患者さんは、大まかにいうと、ホルモン療法薬の効果が期待しにくい、ルミナルB(の一部)型、HER2陽性型、基底細胞様型のいずれかの場合です。
ホルモン受容体陽性の場合に、化学療法をより積極的にお勧めする条件をもう少し具体的に説明すると、
(1)リンパ節の転移が4個以上
(2)組織学的グレードが3(がん組織や細胞形態からみた悪性度のことで1~3がある。3がもっとも悪性度が高い)
(3)Ki‐67高値を示す
(4)エストロゲン陽性とプロゲステロン陽性の割合が10%未満
(5)病理学的腫瘍径が5cm以上
などとなります。これらのうち一つでも該当する場合、術後の抗がん薬による薬物療法を実施することになります。また、術前化学療法を行った患者さんは、基本的には手術後に化学療法を行いません。
ただ、こうした条件は、あくまでも目安であって、絶対的なものではありません。実際には、患者さんの希望やそのほかの要素も十分考慮して、化学療法を行うかどうかを決めることになります。
2~3種類を組み合わせる多剤併用療法が治療の基本
化学療法の目的は大きく、(1)根治や治癒を目指す(2)再発を予防する(3)延命効果や症状緩和、の三つに分かれます。乳がんの術後薬物療法では主にこのなかの(2)を期待して、治療をしていきます。
近年の化学療法は、乳がんに限らず、複数の化学療法2~3種類を合わせて使用する「多剤併用療法」が基本になっています。化学療法はタキサン系、アンスラサイクリン系、5‐FU系など、作用の仕方によっていくつかのタイプに分類されますが、作用の違う薬を組み合わせて用いることで、がんを叩く効果を高めることが期待できます。
また、多剤併用療法では、「FEC療法」「AC療法」「TC療法」というように、薬の名前の頭文字(アルファベット)を使って表すことが多くなっています。
当院では、主にアンスラサイクリン系(ドキソルビシン、エピルビシンなど)の抗がん薬を中心とした「AC療法」を行っています。再発リスクの高い場合にはその後、タキサン系の抗がん薬を用いる「パクリタキセル療法」「ドセタキセル療法」を追加しています。
一般に行われている多剤併用療法のうち、AC療法は、ドキソルビシン(商品名アドリアシン)とシクロホスファミド(商品名エンドキサン)の併用、FEC療法はフルオロウラシル(商品名5|FU)とエピルビシン(商品名ファルモルビシン)、シクロホスファミドの併用、TC療法はドセタキセル(商品名タキソテール)とシクロホスファミドの併用です。
また、こうした併用療法をしたあとに、タキサン系のパクリタキセル(商品名タキソール)やドセタキセルを追加で用いるほうが、確率的にはより有効であることも比較試験でわかっています。
●主な化学療法と投与方法 | ||
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分類 | 一般名(商品名) | 投与方法 |
アンスラサイクリン系 | ドキソルビシン(アドリアシン) | 点滴 |
エピルビシン(ファルモルビシン) | 点滴 | |
アルキル化薬 | シクロホスファミド(エンドキサン) | 内服・点滴 |
5-FU系 | カペシタビン(ゼローダ) | 内服 |
テガフール・ウラシル(ユーエフティ) | 内服 | |
テガフール・ギメラシル・オテラシル(ティーエスワン) | 内服 | |
フルオロウラシル(5-FU) | 静脈注射 | |
ピリミジン系 | ゲムシタビン(ジェムザール) | 点滴 |
葉酸代謝拮抗薬 | メトトレキサート(メソトレキセート) | 点滴 |
トポイソメラーゼI阻害薬 | イリノテカン(カンプト、トポテシン) | 点滴 |
タキサン系 | ドセタキセル(タキソテール) | 点滴 |
パクリタキセル(アブラキサン) | 点滴 | |
パクリタキセル(タキソール) | 点滴 | |
ピンカアルカロイド系 | ビノレルビン(ナベルビン) | 静脈注射 |
治療の進め方は?
化学療法による治療がとくに勧められるのは、ルミナルB型(の一部)、HER2型、基底細胞様型です。薬は主に注射薬で、決められたスケジュールで治療していきます。