大腸がんの「ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者藤城光弘(ふじしろ・みつひろ)先生
東京大学医学部附属病院 光学医療診療部部長・准教授
1970年愛知県生まれ。95年東京大学医学部卒業後、同大医学部附属病院研修医。96年より、日立製作所日立総合病院研修医、国立がんセンター中央病院消化器内科レジデント等を経て2005年、東京大学医学部附属病院消化器内科助手。現職に至る。医学博士。日本内科学会認定内科専門医、日本消化器内視鏡学会指導医、日本消化器病学会指導医。日本消化器内視鏡学会、日本消化器病学会、日本消化管学会、日本胃癌学会、日本食道学会の評議員、代議員。

本記事は、株式会社法研が2012年6月26日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 大腸がん」より許諾を得て転載しています。
大腸がんの治療に関する最新情報は、「大腸がんを知る」をご参照ください。

粘膜に広がったがんを一括で取る最新治療

 高周波ナイフを使って、がんを切り剥(は)がしていく治療です。
 粘膜内がんなどの早期がんであれば、大きさに関係なく一括切除できます。

2012年4月に健康保険が認められた

 ポリペクトミーやEMR(内視鏡的粘膜切除術)に続く、第三の内視鏡治療として、今、期待されているのが、「ESD(内視鏡的粘膜下層剥離(はくり)術)」です。内視鏡に取りつけられた高周波ナイフでがんの周囲の粘膜を切って、粘膜の下部にある粘膜下層を薄く剥いでいくことで、がんを切除します。2009年から先進医療として行われてきた治療で、12年の4月に健康保険適用になりました。

●ESDの適応

・病変の最大径2cm以上でスネアによる一括切除(EMR)が困難
・リンパ節転移の可能性がほぼない粘膜内がん、粘膜下層への軽度浸潤(しんじゅん)がん
・粘膜下層に繊維(せんい)化を伴う病変
・潰瘍(かいよう)性大腸炎などの慢性的炎症がある病変
・前治療の取り残し、瘢痕(はんこん)形成を伴う病変や大腸ヒダにまたがる病変など

大きさや形に制限なくがんを切除できる

 ESDがポリペクトミーやEMRといった従来の内視鏡治療と大きく違うのは、粘膜にとどまっているがんであれば大きさや形に関係なく、切除が可能であるという点です。
 従来の内視鏡治療は、がんの根元に直径2~3cmのスネアという金属製の輪を引っかけて切除します。そのため、ポリペクトミーやEMRの治療対象は、「最大径2cm未満(『大腸癌(がん)治療ガイドライン2010年版』)」を原則としています。
 これに対し、高周波ナイフを用いるESDは、内視鏡医が切る範囲や形を思うままに決めることができるので、手術を選択せざるをえなかった2cmより大きいがんの患者さんでも、おなかを切らずに治療することができます。

リンパ節転移のない2cm以上の病変がESDの対象

 当施設でのESDの対象はガイドラインの「大腸ESDの適応基準」をもとに、次のような場合と考えています。
(1)リンパ節転移の可能性がほとんどない粘膜内がんや、粘膜下層への軽度浸潤(しんじゅん)がん
(2)病変の大きさが2cm以上でスネアによる一括切除(EMR)が難しい
(3)粘膜下層に線維(せんい)化を伴う粘膜内の病変
(4)潰瘍(かいよう)性大腸炎など、慢性的な炎症がある病変
(5)内視鏡治療で取り残したがんの再治療や、大腸ヒダにまたがる病変

 以上のように、病変の大きさだけでなく、なんらかの理由でポリペクトミーやEMRができなかった病変の治療や、取り残したがんの再治療などが対象となります。あくまでも、ポリペクトミーやEMRが対象とならない病変に限られます。
 当施設のESDは早期胃がんに始まり、2000年ごろから早期食道がん、大腸がんに導入しています。大腸がんでは09年からは先進医療として実施してきました。11年3月までのおよそ10年間で約400人の患者さんが大腸ESDを受けています。これは大腸がんの内視鏡治療全体の2~5%に当たります。積極的にESDを導入し、実施してきたわれわれのような施設でも、対象となる患者さんはその程度にとどまっています。
 しかし、限られた数であっても患者さん一人ひとりにしてみれば、手術しか選択肢がなかったような早期がんでも、内視鏡治療によって根治する可能性が出てきたことは有意義といえます。

技術的に難易度が高く経験のある医療機関で行うべき

大腸ESD実施件数の推移

 ESDは、先進的で画期的な治療であるがゆえに、非常に高い技術が求められます。内視鏡治療を専門的に行っている内視鏡医であれば、一般の医師には難しいとされる内視鏡の挿入や、挿入後の腸内での操作もそれほど苦にはなりません。しかし、ESDは、そうした内視鏡医にとっても、難易度の高い治療です。
 大腸の壁は胃の半分ほどの厚さ(約2~3mm)しかありません。そうした薄い腸壁の、さらに一部である粘膜下層を、高周波ナイフで薄く剥いでいく操作は、慎重で確実な技術が要求されます。ささいな操作ミスで出血や穿孔(せんこう)(孔(あな)があくこと)などの合併症(偶発症)を招く危険性があるので、集中力を持続させなければなりません。
 12年4月から保険診療となりましたが、一般的な治療法というよりは、経験の豊富な医師、医療機関で行われるべき治療法と考えています。

治療の進め方は?

 肛門から内視鏡を挿入し、切開と剥離をくり返しながらがんを切除します。
 患者さんの負担を考慮しながら、慎重に治療を進めていきます。

治療前日に入院し事前検査 当日は腸内を洗浄

専用の検査着で治療に臨む

 ESDはポリペクトミーやEMRよりも入院期間が長くなります。当院では治療前日に入院し、翌日に治療、1週間後に退院というスケジュールを基本としています。
 入院した日は、治療に必要なさまざまな検査(胸部と腹部のX線検査、心電図、検尿)を受けます。21時以降の飲食は禁止です。前処置として就寝前に下剤を服用します。
 治療当日の朝は経口腸管洗浄液を2L、2~3時間かけて飲みます。10回ほどトイレに行って、腸内を空っぽにします。医療機関によっては経口腸管洗浄液を飲む前に、腸管運動促進薬を使っているところもあります。
 ESDはほかの内視鏡治療より時間がかかることが多く、それだけ患者さんの負担が重くなります。そのため、当施設では治療に時間がかかると予測される場合や、患者さんの希望があれば、鎮痛薬や意識を低下させる鎮静薬などを点滴で投与しています(従来の内視鏡治療ではこれらの薬は原則、使っていません)。
 内視鏡を肛門(こうもん)から挿入する際に、痛みが出ることがあるので、それを和らげる局所麻酔薬のゼリーを治療直前に塗ります。

ナイフをうまく使って粘膜を切除、粘膜下層を剥離

 続いてESDの流れについて説明します。
 まず肛門から内視鏡を挿入して病変を確認したら、染色液のインジゴカルミン液を塗(ぬ)って病変の境界線をはっきりさせます。
 続いて、病変の周囲から粘膜下層に向けてヒアルロン酸ナトリウムを含んだ局注液を注入し、がんを浮き上がらせます。
 次に、フレックスナイフ(近年はデュアルナイフ)という高周波ナイフを用いてがんの口側辺縁(こうそくへんえん)(病変周辺の粘膜)を切っていきます。このフレックスナイフで粘膜を途中まで切開したら、病変を粘膜下層から少しずつ剥がしていきます。粘膜下層には細い血管が走っているため必ず出血するので、その都度止血していきます。フレックスナイフでは?がしにくいところは、先端が90度に曲がっている別の高周波ナイフ、フックナイフに変えます。
 こうして慎重に粘膜の切開と、粘膜下層の剥離をくり返し、がんを切除していきます。最後だけスネアを引っかけてEMRの要領で切除することもあります。
 切除したがんは肛門から取り出し、切除あとに粘膜を保護する薬などを塗ればESDは終了です。治療時間は病変の位置や大きさなどにもよりますが、およそ1~2時間です。

治療の手順

治療の実際

退院後1週間は禁酒 3週間は運動を控える

入院から退院まで

 治療後は別の部屋に移り、3時間ほどベッドに横になり、休みます。翌日、血液検査や腹部のX線検査をして、出血や穿孔などがおこっていないかを確認します。問題がなければ昼から流動食がとれます。
 退院は治療の約1週間後です。ESDではほとんどのケースで多かれ少なかれ出血し、必ず止血処置が施されます。多くは熱の力を利用して止血をするのですが、大腸の壁は薄いので、熱によって大腸の壁がやけどしたような状態になり、治療後に数日たってから遅発性の穿孔をおこすことがあります。入院期間を長めにとるのは、こうしたことを考慮しているからです。
 退院後1週間は食物繊維の少ない食事を続けてもらいますが、その後は通常の食事に戻れます。退院後1週間は禁酒、3週間は激しい運動や遠出の旅行などは控えます。
 治療2カ月後に内視鏡検査をして、切除したところの潰瘍(かいよう)の治り具合や取り残しがないかを確認することがあります。その後は1年ごとに経過観察をして、5年の間に再発がみられなかったら、根治となります。

ESDで使う高周波ナイフにはさまざまなタイプがある

病変に応じてさまざまなナイフが用いられる

 ESDは1995年に高周波ナイフの先駆けであるITナイフの開発によって確立しました。その後、さまざまな高周波ナイフが開発され、ESDの治療で用いられています。
 現在、ESDで用いられている高周波ナイフには、デュアルナイフやループ状になっているフレックスナイフ、先端が90度に曲がっているフックナイフや、はさみのような形になっているクラッチカッターなど、さまざまなものがあります。それぞれ一長一短ですが、それぞれのナイフ自体に改良が加えられているので、より安全に、確実に治療ができるようになりました。
 ちなみに、私が治療で用いているのは、主にフレックスナイフ(近年ではデュアルナイフ)です。これは、当時の上司である矢作直久(やはぎなおひさ)先生(慶應義塾(けいおうぎじゅく)大学病院低侵襲(しんしゅう)療法研究開発部門教授)が中心となり、東大とメーカーが共同で開発したものです。
 高周波ナイフには日本刀のようにサイドで切るもの、フェンシングの剣のように先端で切るものがあります。フレックスナイフは先端で切るタイプです。
 フレックスナイフのほかに、切除する場所が線維化して硬い場合にはスプラッシュニードルのような別の切れ味のよい高周波ナイフを使いますし、場所によってはフックナイフも使います。EMRなどで使うスネアを併用することもあります。

治療後の経過は?

 ほかの内視鏡治療と同じく、根治する割合はほぼ100%です。
 ただし、治療が難しいことから、合併症のリスクはやや高くなっています。

局所再発例が2%程度 5年生存率は約95%

ESDの治療成績

ESD施術後の生存率

 当施設は2000年から先駆的にESDを始めており、00年7月から08年12月までの310例の治療成績は、局所再発率が2%、5年生存率は95.3%でした。ただし、残りの亡くなられた4.7%の方はすべて大腸がん以外の原因ですので、大腸がんだけでみると、ほぼ100%根治できたと考えていいと思います。また、10年3月までの361症例では、4人の患者さんに局所再発がみられましたが、うち3人は内視鏡治療による再治療で、残りの一人は手術で完全にがんを取ることができました。
 合併症については、当施設の10年3月までのデータでは輸血が必要になった出血例が1例(0.3%)、穿孔は17例(4.7%)でした。
 全国調査や学会での報告などをみると穿孔のリスクは全国的に6~10%ですから、当施設の合併症率は低いほうであるといえます。
 これら全国調査の数字は、先進医療として技術的な条件などをクリアした、限られた医療機関で治療が行われていたときのものです。
 保険診療として認められたことから、今後は、そうした技術的な条件ははずれます。必ずしも内視鏡の専門的な訓練を受けていない、あるいはこれまでの実績があまりない医療機関でもESDが可能になります。先進的な治療が、いずれ標準的治療として広く行われ、多くの人がその恩恵に浴するようになることは、医療にとって望ましいことです。ただし、標準化の過程では、担当する医師はより慎重に、安全に、経験を積み重ねていく努力が欠かせません。
 そのために、先行して実績を挙げてきた私たち内視鏡医は、これからESDを行っていこうという医師の技術の習得、研修システムの確立などに尽力していくべきと考えます。

ほかの内視鏡治療ができればそちらを優先すべき

ESDの基本情報

 また、どんな病変に対してもESDが最良の治療ではありません。適正な医療実践のため、決められた適応基準にのっとり、ポリペクトミーやEMRで切除できるようながんや腺腫(せんしゅ)であれば、そちらを選ぶべきであることはいうまでもありません。
 安全性とともに、経済的にもそれは重要です。ESDは健康保険適用になりましたが、治療費のみで約18万円かかります。患者さんの負担は大きいといえます。
 その患者さんにとっていちばん適している治療は何か、従来の内視鏡治療なのか、ESDなのか、それとも手術なのか。それはがんの状態や性質はもちろんのこと、その患者さんの基礎疾患や年齢、医師の技量など、さまざまな要因を踏まえて選択することが大切です。

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