大腸がんの放射線療法と重粒子線治療 重粒子線は直腸がん術後再発にX線の2~3倍の治療効果

2018.8 取材・文:町口 充

 大腸がんで放射線治療を行うのは、主に直腸がん手術の前に人工肛門造設を避ける目的で行ったり、手術の前や後に局所再発を予防するために行われることがあります。また、手術後に局所再発して再手術ができないケースなどでも放射線治療が有効であり、なかでも重粒子線による治療は、現在、直腸がんに対しては保険適用外で先進医療として治療を行っていますが、X線よりも治療効果が高いことがわかっており、手術に匹敵するほどの治療成績が報告されています。

放射線が、がん細胞を死滅させる仕組み

 放射線が、がんにダメージを与えるしくみを解説します。

 細胞の核の中にある染色体は、遺伝子であるDNAで構成されています。DNAはタンパク質を合成するための設計図として機能していますが、放射線を細胞にあてるとDNAが損傷します。

 このとき、正常細胞は損傷からの修復力が高いので、少量の放射線によるダメージであれば自力で回復しますが、がん細胞は修復力が低く、回復できなかったり回復までに時間がかかるため、修復不可能となり、やがて死滅します。放射線治療はこの正常細胞とがん細胞の修復力の違いを生かして行うがん治療です。

 がんの治療に用いられる放射線は、主に光子線と粒子線に分けられます。光子線とは電磁波の一種の、波長の短い高エネルギーの光の波のことで、代表的なものがX線です。一方、粒子線は原子を構成している電子や電子核などの粒子を高速で飛ばしたものをいい、重粒子線や陽子線などがあります。ヘリウムよりも重いイオンを加速したものを重イオン線と呼びますが、臨床的には重イオン線を重粒子線と呼びます。臨床では重粒子線の中でも基礎研究から最も治療に適している炭素イオン線を使用しています。

大腸がんの放射線治療の目的は補助と緩和が中心であった

 大腸がんは、結腸がんと直腸がんに大別されます。結腸がんへの放射線治療は、転移に対する治療が中心ですが、直腸がんでは、転移に対する治療のほかに手術前後の補助療法として行われることがあります。

 補助放射線療法は、手術後に起こりやすい骨盤内の再発を防いだり、肛門機能を温存する目的で行われ、抗がん剤などの薬物療法と一緒に行う場合もあります。このほか、手術後に再発した場合や、手術が不可能と判断されたがんを手術可能にするために放射線治療が行われることもあります。

 また、緩和的治療として行われる放射線治療は、がんによる骨盤内の痛みや出血、骨や脳への転移による痛みや吐き気、嘔吐めまいなどの症状を改善するために行われます。

直腸がんの局所再発に対する重粒子線治療の有効性

 放射線治療で最近注目されているのは、直腸がんの局所再発に対する放射線治療、特に重粒子線による治療の有効性です。

 大腸がんのうち、結腸がんは局所再発が少ないですが、直腸がんは再発が起こりやすく、なかでも手ごわいのは、手術で直腸を取り除いた骨盤内にがんが再発する骨盤内再発です。

 骨盤内再発に対しては、再発部の切除が可能であれば再び手術を行います。これによりがんを完全に切除できれば治癒を目指せます。しかし、狭い骨盤内で再発したがんを手術で取り切るのは非常に難しいことです。なぜなら、ここには膀胱、前立腺、子宮、仙骨などの臓器があり、骨盤内は血管のネットワークが豊富なため、手術による大出血の危険があります。また、骨盤内の臓器に浸潤していた場合に、一緒に切除すると、排便、排尿、生殖にかかわる機能を失うことにもなりかねません。これらの事情で手術ができないケースや、手術ですべてのがんを取り切るのは不可能と判断され手術の適応にならないことが少なくありません。

 それらの理由から、直腸がんの術後局所再発の治療は放射線治療か化学療法、あるいは両者の併用療法が選択されることが多いです。さらに、最初の治療ですでにX線による放射線治療を受けていると、再発治療ではX線の照射が難しくなりますので、化学療法のみが選択されます。これらX線治療や化学療法では満足すべき効果が得られていないのが現状です。これに対して、良好な成績が報告されているのが重粒子線による治療です。

直腸がん骨盤内再発への重粒子線治療の治療成績

 直腸がんの骨盤内再発に対する重粒子線治療の成績を、X線治療を行った複数の報告例と比較してみると、X線治療の局所制御率(治療した部分に再発が起こらない割合)が28~74%なのに対して重粒子線治療は89%と高率であり、5年生存率を見ても、X線治療が3~40%だったのに対して、重粒子線治療は50%と高い割合を示しています。

 手術との比較でも優秀です。直腸がん骨盤内再発に対する手術の成績を見ると、2年生存率が62~86%であるのに対して、重粒子線治療では90%です。また、5年生存率は、手術が30~46%であるのに対して、重粒子線治療は50%であり、同等かそれ以上の成績を示しています。重粒子線治療を受けている患者さんは手術の適応にならなかった患者さんが大半であることを考慮すると、この重粒子線治療の効果は極めて高いことがわかります。

 現状では、直腸がんの標準治療は手術ですが、手術同様に病巣を直接のターゲットとして体を切らずに治療ができ、臓器の機能の温存を目指せるのが重粒子線治療であり、新たな治療の可能性として注目されています。

X線の弱点と重粒子線の特徴

 重粒子線はX線と同じ放射線であるのに、治療成績がこれほどよい理由は、両者の線量分布曲線と線質の違いにあります。

 まず、線量分布についてですが、X線は体を通り抜ける性質が強く、体にX線をあてると皮膚の直下で線量のピークを迎え、その後、線量は緩やかに下がっていきます(図1参照)。理想的な照射は腫瘍にのみX線をあてることですが、がんの前や後ろにも正常臓器が存在している場合は、それらの臓器にもほぼ同じ線量があたってしまいます。がんの周囲には消化管や膀胱などの放射線に比較的弱い臓器があり、これらの臓器にX線があたらないように照射するのは困難です。そのため、必要な量のX線を病巣部分に集中させられないという弱点があります。

 X線が人体をそのまま透過するのに対して、重粒子線は線量を任意の深さでピークにし、そこで集中させることが可能です。重粒子線は体内の一定の深さまではあまりエネルギーを与えないまま速い速度で駆け抜け、途中で急に速度を落して多くのエネルギーを与えて線量のピークをつくり、その後は停止します。このピークのことを、発見者であるノーベル物理学賞受賞者ウィリアム・ヘンリー・ブラッグに因んでブラッグピークと呼び、重粒子線を含めた粒子線の大きな特徴となっています。

 しかも、ピークの深さや大きさ、あるいは重粒子線を集中させる位置はフィルターを使って自由に調節することが可能です。したがって、ピークを標的とするがんの部分に調節すれば、がんのまわりの正常組織にはほとんど重粒子線をあてず、がんにだけ高い線量を集中してあてることができるのです。もちろん、重粒子線であってもがんが消化管や膀胱などと接している場合には治療が困難ですが、少なくとも3mmぐらい離れていれば十分に治療が可能となります。

図1 各放射線の線量分布曲線
各放射線の線量分布曲線

重粒子線、陽子線、X線のDNA損傷の作用

 次に線質の違いについて説明します。同じ粒子線である陽子線も線量分布は重粒子線と同じような分布を示します。しかし、陽子は重粒子より軽いため、陽子線ががん細胞の核内に存在するDNAを損傷する力はX線とほぼ同じといわれています。放射線は細胞内のDNA を切断し損傷を与えますが、DNAの切断には一重鎖切断と二重鎖切断とがあります。一重鎖切断よりも二重鎖切断のほうが修復が困難であり、修復されない場合は細胞死につながります。陽子線と重粒子線を比べると、陽子線は主に一重鎖切断なのに対して、重粒子線は二重鎖切断が主なので、がん細胞に対して回復困難な損傷を与えます(図2参照)。重粒子線の生物効果はX線や陽子線の2~3倍といわれています。

 また、低酸素細胞にも有効なのが重粒子線です。通常癌細胞は正常細胞に比較して酸素濃度が低いことが多く、さらに術後再発は手術による止血等の操作による影響もあり原発腫瘍よりも低酸素状態であることが多いことが知られています。X線も陽子線もこのような低酸素細胞に対しては殺細胞効果が劣ります。重粒子線は、通常酸素濃度の常酸素細胞にも酸素濃度の低い低酸素細胞にも同じ効き目であり、放射線抵抗性のがん細胞にも高い効果を発揮します。さらに、放射線抵抗性であるがんの幹細胞やDNA合成期の細胞にも重粒子線は高い治療効果が示されています。

 放射線の種類によって、効果を示しやすいがん細胞のタイプに違いがあります。X線は扁平上皮がんによく効きますが、骨軟部肉腫、悪性黒色腫(メラノーマ)、腺がんは効きにくく、これらのがんはX線抵抗性とされてきました。直腸がんは腺がんであり、X線抵抗性であるといわれています(表1参照)。

図2 X線、陽子線、重粒子線のDNAへの損傷イメージ
 X線、陽子線、重粒子線のDNAへの損傷イメージ

表1 重粒子線の適応疾患

X線治療で十分な効果を得にくいもの
・局所進行頭頸部がん(腺がん系、悪性黒色腫、骨南部肉腫等)
・頭蓋底腫瘍
・直腸がん術後骨盤内再発
・切除非適応骨軟部肉腫
・X線治療後再発がん(再照射)
重粒子線での短期照射が有望と考えられるもの
・ステージI非小細胞がん―1回照射
・肝細胞がん―2,4回照射
・膵がん、食道がん―12回照射
・前立腺がん―12回照射

少数の肺・肝臓・リンパ節転移なら重粒子線治療も

 最初にX線治療を受けてその後再発した場合は、2度目のX線治療ができない場合がほとんどです。そのような場合でも、重粒子線や陽子線では治療できる可能性があります。粒子線は正常組織を避けて腫瘍にピンポイントに照射することが可能なので、最初のX線の照射野に含まれた正常組織を避けて照射することが可能です。さらにX線治療後の再発腫瘍は放射線抵抗性であることが多いのですが、重粒子線はそのような抵抗性の腫瘍に対しても効果が高く、治療成績も良好です(図3、4参照)。

 X線治療後の直腸がん術後再発に対する重粒子線治療とX線および手術療法の報告例の比較で見てみると、3年生存率は重粒子線が62%なのに対して、X線単独では20~27%、X線+手術の場合で60~66%と、重粒子線は手術と同等の成績を示しています。

 短期照射ができるのも重粒子線治療の利点です。一般的にX線治療は照射回数が多く、治療期間も長期にわたります。しかし、重粒子線治療の場合は、回数が少なく、例えばステージⅠの非小細胞肺がんでは1回あるいは4回の照射で終わります。直腸がんの術後局所再発の場合、16回の照射であり、基本的に外来で週4回の治療を4週間行って終了します。

 直腸がん術後局所再発に加え、肺や肝臓、リンパ節に転移があった場合でも、オリゴメタスターシス(少数個転移)という、3個以下の少数の転移で切除可能な場合は、直腸の再発部への重粒子線治療が適応となる可能性があります。

 副作用はX線に比べればはるかに軽いといえます。ただし、まったくないとはいえず、例えば、神経にも高い線量をあてるため、神経障害があらわれることがあります。がんの部位や照射の方向、線量などによって副作用のあらわれ方は異なり、個人差もあります。

図3 重粒子線の線量分布図(直腸がん術後再発)
重粒子線の線量分布図(直腸がん術後再発)
3方向から照射している。余分なマージンはなるべくとらずに、腸管や神経を避けるために斜め方向の照射を用いている。総線量70.4Gy、16回照射

図4 治療前後の画像所見(図3の症例、PET画像)
治療前後の画像所見(図3の症例、PET画像)

重粒子線治療と放射線化学療法の総費用はほぼ同じ

 問題点は、直腸がん術後再発に対する重粒子線治療は保険が適用されないため費用が高額になることです。それでも、一般の自由診療とは異なり、先進医療の認定を受けているため、自由診療と保険診療を同時に受ける混合診療が可能となります。先進医療では重粒子線治療は一律314万円。混合診療により、診断に必要なCT、MRIなどの検査や入院費、薬代などは保険適用となります。

 しかし、重粒子線治療の費用が本当に高いかというと、直腸がん術後の再発症例に対する治療で重粒子線治療と放射線化学療法とでの直接経費(2年間)を比較した研究があり、それほどの差がないことが明らかになっています。それによれば、放射線治療だけを見ると重粒子線治療は314万円で、放射線化学療法の放射線治療約44万円と比べれば高額になりますが、重粒子線治療は外来で治療可能であり、入院費や化学療法などの費用を加えたトータルで比較すると、重粒子線治療が約480万円なのに対して、放射線化学療法は約461万円となります。その差は約19万円しかありませんでした。

 それで放射線化学療法より良好な治療結果を得られて長生きできるのならば、むしろ安い費用で済むとも考えられます。

 なお、先進医療としてさまざまながんで治療を行ってきた重粒子線治療ですが、2016年以降、保険適用となる疾患が順次拡大されていて、2016年の骨軟部腫瘍に続いて、2018年4月からは頭頸部がんと前立腺がんが保険適用となり、本年から直腸がんに対する重粒子線治療も先進医療B試験として承認され開始されました。近い将来、直腸がん術後再発の保険適用も期待されています。

山田 滋(やまだ・しげる)

1986年 千葉大学第二外科
1992年 千葉県がんセンター消化器外科
1996年 米国NASA Johnson Space Center 博士研究員
1997年 放射線医学総合研究所重粒子医科学センター医長
2010年 放射線医学総合研究所消化器腫瘍科科長
2017年 放射線医学総合研究所重粒子線治療研究部部長

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