結腸がんの「腹腔鏡下手術」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者福長洋介(ふくなが・ようすけ)先生
がん研有明病院 消化器外科医長
1963年兵庫県生まれ。87年、大阪市立大学医学部卒業後、同大第二外科入局。94年より、大阪市立総合医療センター消化器外科、大阪市立十三市民病院外科部長、社会福祉法人成長会ベルランド総合病院内視鏡外科部長を経て2010年より現職。手術数は延べ1,300例余。著書に「よくわかる最新医学 大腸がんの最新治療」(主婦の友社)。日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本内視鏡外科学会技術認定医、日本大腸肛門病学会専門医。

本記事は、株式会社法研が2012年6月26日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 大腸がん」より許諾を得て転載しています。
大腸がんの治療に関する最新情報は、「大腸がんを知る」をご参照ください。

体への負担は軽く、開腹手術と同じ成果

 傷口が小さく、患者さんへの負担が軽い低侵襲(しんしゅう)治療として、注目されている手術法です。ガイドラインではステージ0~Iの早期がんの患者さんが対象となっています。

1987年に始まり2002年に健康保険が適用

大腸腹腔鏡下手術

 腹腔鏡下手術とは、おなかに小さな孔を数カ所あけ、そこから内視鏡の一種である腹腔鏡や、さまざまな手術器具を入れてがんを切除する治療法です。傷口が小さく患者さんへの負担が軽いことが特徴です。大腸がんだけでなく、胃がんや子宮がん、卵巣がんなどのがんや、良性の病気などの治療でも広く行われています。
 1987年にフランスで胆のう摘出術(胆石症の治療)という手術に試みられたのが最初の腹腔鏡下手術で、その後、アメリカを中心に爆発的に広まっていきました。わが国で腹腔鏡下手術が導入されたのは90年で、当時は胆のう摘出術に対して行われていましたが、その後さまざまな病気の治療法として行われるようになりました。大腸(結腸)がんでは、92年に渡邊昌彦(わたなべまさひこ)先生(北里(きたざと)大学医学部外科教授)が、最初に腹腔鏡下手術を成功させました。大腸がんの腹腔鏡下手術が保険診療として認められたのは、それから10年後、2002年のことになります。
 この健康保険適用を機に、わが国では結腸がんに対して腹腔鏡下手術を実施する医療機関が、急速に増えました。開腹手術に加え腹腔鏡下手術を手がけるようになった医療機関は、現在では全体の3割程度と推測されています。
 日本で腹腔鏡下手術が推奨されているのは、早期がんに限られ、「大腸癌治療ガイドライン(2010年版)」では、「腹腔鏡下手術は事前の病理検査でステージ0~ステージIと診断されたケース」をよい適応としています。

●腹腔鏡下手術の特徴

・傷が小さく出血が少ない
・術後の痛みが少ない
・腸閉塞(へいそく)などの合併症リスクが少ない
・術後の回復が早い
・入院期間がやや短い(施設によって異なる)

傷が小さく回復が早いのが特徴であり、利点でもある

 腹腔鏡下手術の最大の特徴であり、利点は、開腹手術と比べて傷が小さいことです。大腸の切除やリンパ節郭清(かくせい)、吻合(ふんごう)など、行う手順は開腹手術と変わりありませんが、おなかにできる傷が小さいので、手術後の痛みが少なくてすみます。
 このほかに、腹腔内(腹壁と臓器の間にある空間)が空気に触れることがないため、癒着(臓器や組織などがくっつくこと)による腸閉塞(へいそく)がおこりにくくなります。腸閉塞とは、なんらかの理由で腸の動きが鈍くなり、腸の内容物が滞ってしまう状態で、大腸がんの手術の代表的な合併症の一つです。
 また、手術後の回復も早く、通常の食事をとれるようになるまでの期間や、入院期間も短くなります。たとえば当施設の場合では、開腹手術では通常の食事がとれるようになるまで5~6日ほどかかりますが、腹腔鏡下手術では3~4日ですみます。また、術後入院期間は、開腹手術では10日間ほどかかるのに対し、腹腔鏡下手術では7日程度です。
 一方、問題点は専用器具を使って間接的に手技を進めるため、技術の習得に経験が必要であり、一般には手術時間が長くなることです。経済面では、資材のコストがかかり開腹手術より手術費は高くなります。
 手術時間が長くなるといっても、個人差、経験の差が大きいかもしれません。私の場合、今は、開腹手術と30分くらいの差まで縮まっています。必ずしも手術のスピードが手術の質を評価する目安とはいえませんが、短時間で終わることは、出血や麻酔などいろいろな面から総合的に患者さんの負担を減らすことにつながります。

孔(手術創)は4~5カ所>

課題は、医師によって治療の質に差が出ること

腹腔鏡下手術は操作の熟練が求められる

 腹腔鏡下手術の大きな問題点として、技術的な難易度が高いために、執刀医の経験や技量によって治療の質に差が出ることがよく挙げられます。
 腹腔鏡下手術が難しいとされるのには、次のような理由が考えられます。
 まず、腹腔鏡下手術は、じかに手術する部分を触って進める開腹手術と違って、柄(え)の長い手術器具を操作しなければなりません。大腸周辺の組織を含め、器具越しでしか触ることができないのも、感覚的な問題とはいえ、慣れるまではとまどいます。特に、すい臓など他臓器の奥に隠れた血管を処理するような横行(おうこう)結腸がんの手術は、難しいとされます。リンパ節郭清を行うにも、開腹手術より複雑な手技が求められます。
 また、患部の視覚情報も、直視下ではなく、腹腔鏡が映し出すモニター画面によってのみ得られるものです。肥満の患者さんであれば、厚い内臓脂肪の層が腹腔鏡の作業を妨げます。視野は限られますし、二次元のモニターから大腸と血管やリンパ節、ほかの臓器との距離感をつかまなければなりません。
 遠近感や奥行きを頭の中で再構築しながら、患部に対して適切な位置や角度で器具を操作し、手技を行うには、かなりの「慣れ」が必要です。
 そこで、どんな患者さんに腹腔鏡下手術を行うべきかは、施設ごと、術者ごとに慎重に検討されなければなりません。「大腸癌(がん)治療ガイドライン(2010年版)」には、「腹腔鏡下手術は、がんの場所や進行度のほか、患者さんの要因や、執刀する医師の経験や技量を考慮して適応を決めるように」という主旨が明記されています。
 特に、結腸がんで、術者の経験や習熟度が問われるのは、早期がんより病期が進行している患者さん、また、病期とは関係なく、横行結腸がんの患者さん、高度の肥満のある患者さん、過去に手術をして大腸に強い癒着のある患者さんなどです。
 腹腔鏡下手術は患者さんへの負担が少ないといわれていますが、がんの手術である以上、根治が最優先されるべきです。大原則である「がんを残さず取る」ことが、できる限り安全な状態でできなければ、治療として成立しえないともいえます。
 しかし、現在、実際に腹腔鏡下手術を中心に行っている者としていえることは、体に優しく、なおかつ、がんを残さず取り切ることが十分に実践可能である、ということです。経験を積んで、この手術法に慣れてくると、開腹手術より、むしろやりやすいと実感することも少なくありません。
 最近の腹腔鏡のカメラは、高性能なので画質はとてもクリアです。患部が拡大されて見えるので、直視下では見えにくかった細かい血管や神経までよく見えます。それによって、よぶんな出血を防ぎ、神経を温存するなど、きめ細やかに手技を進めることができます。触感の問題も、経験を重ねていくうちに、器具越しではありますが、対象物の硬さなどがそれなりに感じ取れるようになってきます。
 確かに、腹腔鏡下手術は精密な解剖学的知識と高い技量を必要とします。私は開腹手術も得意ですが、開腹手術の上手な医師は腹腔鏡下手術も上手になるはずです。経験によって技術を磨き、安全が確保されれば、患者さんにとってメリットの大きな治療だと考えています。

がん研有明病院では結腸がんの90%が腹腔鏡下手術

初発の大腸がん手術の年次推移

 当施設は腹腔鏡下手術を積極的に実施している医療機関の一つです。2011年1月~12月の結腸がんの手術件数は316件(大腸がん全体の手術件数は524件)でした。当施設では大腸がん全体の約90%が腹腔鏡下手術になりますが、腹腔鏡下手術を希望される患者さんも多く、以前は手術待ちが1カ月以上になってしまう状況でした。2010年に手術室を増設して15室にしたため、現在はおよそ2~3週間で手術を受けられるような体制が整っています。
 私自身は、ほぼすべての患者さんを腹腔鏡下手術で治療しています。そのなかには、太っている、以前に手術を受けたことがある、あるいは、がんがとても進行していて、周辺の臓器にまでがんが広がっているといった腹腔鏡下手術が特に難しいとされる条件の患者さんも含まれます。

腹腔鏡下手術の内訳

試験的な治療のため今は早期の大腸がんが適応

 ただし、ここで誤解を招かないように強調したいことは、一部、ガイドラインの枠を越えた治療方針で腹腔鏡下手術を行うのは、試験的な治療であり、決して一般的ではないということです。あくまでも、それにふさわしい経験と技術を備えた、限られた医療機関・医師のもとで行われるべきものです。
 一般には、腹腔鏡下手術は早期がんに限って行うのが原則です。それは、今のところ進行がんに腹腔鏡下手術を行うことについて、しっかりしたエビデンス(科学的根拠)が得られていないからです。
 早くから腹腔鏡下手術を始めた欧米では、これまでに開腹手術と腹腔鏡下手術とを比較した臨床試験がいくつか行われていて、腸が動き出す時期や入院期間など、短期の成績で優れているだけでなく、病気の治り具合をみる長期予後でも劣らないと報告されています。
 しかし、これを日本の大腸がん診療にそのまま当てはめるわけにはいきません。というのも、欧米と日本とでは事情が違い、そもそも日本の大腸がんに対する開腹手術の技術は高く、欧米より治療成績が優れています。日本は日本で独自に両方の治療を比較する試験が必要で、それについては現在、進行中で、2011年末、短期的な成績が発表されたところです。

今よりもっと体に優しい腹腔鏡下手術を目指して

 昨今では、従来の腹腔鏡下手術をさらに一歩進めた、新しい手術方法の試みも始まっています。
 私が半年ほど前から始めているのは、直径3mmの極細の鉗子(かんし)(細径鉗子)を用いた腹腔鏡下手術です(ニードルスコピックサージャリー)。通常の腹腔鏡下手術に使われている鉗子の直径は5mmや10mmです。細径鉗子は3mmなので、針穴のような小さい傷がつくだけで、ほとんど手術あとが残らないのがメリットです。最近話題になっている単孔式腹腔鏡下手術よりも質が高く、整容性(姿を整えること)、低侵襲性ともに劣りません。

腹腔鏡下手術の新しい手法

ニードルスコピックサージャリーの手術あと

 「単孔式腹腔鏡下手術」や「NOTES」という手術を試みている医療機関もあります。単孔式腹腔鏡下手術はその名のとおり、1カ所の孔(シングルポート)からさまざまな手術器具を入れて、腸を切除するという方法です。4~5カ所の孔をあける現在の腹腔鏡下手術よりもさらに低侵襲な手技といえます。
 NOTESは口や肛門(こうもん)など自然の孔から病変部に内視鏡を挿入して、腸を切除するという方法です。
 いずれも画期的な治療ですが、技術的にみると通常の腹腔鏡下手術よりもさらに難易度が高くなります。安全性や確実性を考えると、まだ一般的に普及するような治療ではありません。当施設での「ニードルスコピックサージャリー」も最近かなり汎用されている新しい手術です。

治療の進め方は?

 おなかに複数の孔をあけて、そこから腹腔鏡や鉗子などの手術器具を挿入、がんを切除していきます。治療時間は2時間半~3時間です。

結腸がんの「腹腔鏡下手術」治療の進め方とは
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