乳がんの「乳房切除術」治療の進め方は?治療後の経過は?
- 山内英子(やまうち・ひでこ)先生
- 聖路加国際病院ブレストセンター センター長・乳腺外科部長
1963年東京都生まれ。87年順天堂大学医学部卒。聖路加国際病院外科レジデントを経て、94年渡米。ハーバード大学ダナファーバー癌研究所、ジョージタウン大学ロンバーディ癌研究所でリサーチフェローおよびインストラクター。ハワイ大学外科レジデント後、外科集中治療学臨床フェロー、南フロリダ大学モフィットキャンサーセンター臨床フェローを歴任。2009年聖路加国際病院乳腺外科医長、10年より現職。
本記事は、株式会社法研が2011年11月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 乳がん」より許諾を得て転載しています。
乳がんの治療に関する最新情報は、「乳がんを知る」をご参照ください。
再建のため皮膚や乳輪乳頭を残す術式を工夫
がんのある乳房をすべて切除する、「全摘」といわれる手術です。乳房はなくなりますが、乳房内再発がなく、切除後の再建によって乳房を取り戻すことができます。
非浸潤がんやしこりが大きい場合の標準治療
乳房切除術は、がんのある側の乳房をすべて切除する手術で、いわゆる「全摘」と呼ばれる方法です。一般には、乳房温存療法(乳房部分切除術)が難しい場合に行われます。
適応は初発のがんで、(1)しこりが大きいとき(3cm以上)、(2)手術前に薬物療法をしても、しこりが小さくならなかったり、パラパラと散ったように広い範囲にわたっていたりするようなときです。また、乳管内にとどまった形でも、がんが拡がっている非浸潤がんの場合も、乳房切除術が第一選択となります。
当院ではこのほかに、遺伝子検査で家族性・遺伝性の乳がんとみられる人にも、乳房切除術を勧めています。
乳房部分切除術のあとで、局所再発した場合、さらに乳房切除術を追加することも可能です。ただ、脳や肺、肝臓などに遠隔転移がみられるときは、手術以外の方法で治療を進めるのが一般的です。病期(ステージ)でIV期の進行がんの場合も、やはり手術以外の選択肢を考えます。
乳房切除術というと、かつてはハルステッド手術という方法が主流でした。アメリカ人の外科医、ハルステッド氏が1900年代の初めに考案した手術で、がんのある乳房だけでなく、大胸筋(だいきょうきん)、小胸筋(大胸筋の奥にある小さな筋肉)、周囲の脂肪組織ごとリンパ節を大きく切除してしまうものでした。
この手術をすると、肋骨(ろっこつ)が浮いてみえるような状態になるうえ、手術をした側の腕が動かしにくく、しびれたり、痛みが出たりするリンパ浮腫(ふしゅ)をおこしやすく、日常生活にも支障をきたします。
「がんを根治する」という目的があったにしろ、患者さんにとっては生涯にわたって肉体的にも精神的にも苦痛を強いる手術だったといえます。
●しこりが3cm以上である |
●術前薬物療法でがんが小さくならない |
●非浸潤がんであっても拡がり方が大きい |
●家族性・遺伝性乳がんの疑いがある |
リンパ節を一部残すことでリンパ浮腫を軽減させる
いま行われている乳房切除術は胸筋温存乳房切除術とも呼ばれ、そこまで大きく組織を切除するようなことはありません。
事前の検査で所属リンパ節への転移がないと考えられる場合は、通常の乳房切除術を前提に手術を始めます。このとき合わせて手術中にセンチネルリンパ節生検を行い、わきの下のリンパ節(腋窩(えきか)リンパ節)への転移がある(陽性)という結果であれば、わきの下のリンパ節を切除することになります。
検査で最初からリンパ節への転移が確認されたときは、わきの下のリンパ節と小胸筋を切除する「ペイティ法」か、または大胸筋および小胸筋を残す「オーチンクロス法」のどちらかを選びます。いまは、リンパ浮腫を防止するという観点から、センチネルリンパ節生検を行うことが標準治療になっています。
リンパ節は存在する場所によってレベル1~3に分かれています。わきの下にもっとも近いところにあるリンパ節がレベル1、わきの下から遠く、鎖骨近くにあるリンパ節がレベル3です。その中間がレベル2です。通常、リンパ節を取るときは、このレベル1と2を切除し、レベル3だけ残します。これにより手術の後遺症であるリンパ浮腫を軽減させることができます。
見直されてきた乳房切除術希望する患者が増加
乳房切除術は、乳房温存療法(乳房部分切除術+放射線療法)が急速に普及するようになった1980年代以降、激減しました。しかし、近年、その傾向が徐々に変わりつつあります。乳房にふくらみを残す乳房温存療法にこだわることなく、乳房切除術が見直されてきているのです。
たとえば、私がアメリカ在住時に勤めていたフロリダのモフィットキャンサーセンターでは、2006年には乳房部分切除術(乳房温存療法)と乳房切除術の比率が逆転し、乳房切除術が多数を占めるようになりました。アメリカのほかの施設を見ても、同じような傾向にあります。日本でも同様で、当院でも、ここ数年、乳房切除術の割合が増えてきています。乳がんの手術に占める乳房部分切除術の割合をみると、2004~08年では70~80%と高かったのですが、2010年は58%と、60%を切りました。
乳房切除術を選ぶ人が再び増えつつある理由の一つは、切除後の乳房再建の技術が進歩して、自然に近い乳房が作れるようになってきたことが挙げられます。
乳房部分切除術では、乳房が残るといっても、切除する大きさによっては、多少のゆがみやひきつれが生じてしまうことは否めません。そこで、どうせ形が変わるのが避けられないなら「いっそ、乳房切除術を受けて、手術と同時に乳房を再建(一期再建)すればよい」という考えをもつ人が増えてきたのです。一期再建であれば手術のときに一緒に再建を始めてしまうので、麻酔から覚めたときに、胸のふくらみがないという経験をせず、喪失感を味わわなくてすみます。
もう一つの理由としては、部分切除による、局所再発への不安です。乳房部分切除術は再発予防のため放射線療法を組み合わせた乳房温存療法として考えますが、乳房切除術の場合と非再発生存率に差がないことは、多くの臨床試験で明らかです。
したがって乳房部分切除術=生命予後を短くする危険があるというのは医学的には根拠のない不安なのですが、患者さんの心情からするとわからないでもありません。その不安を抱えたまま日々、生活を送るのは避けたいと思われるのでしょう。
自分の乳輪乳頭を残して再建が可能になった
また、乳房再建を前提にした新しい手術法が出てきていることも、乳房切除術を後押ししていると思われます。たとえば、乳房の皮膚を残して乳腺だけくり抜く「皮下乳腺切除術」や、皮膚だけでなく乳輪や乳頭も残す「乳輪乳頭温存乳房切除術」があります。この方法なら、再建をするときに無理に皮膚を引っ張ることがなく、自然に近い乳房を再建することができます。
3番目の理由は、日本ではまだ一般的ではありませんが、家族性・遺伝性乳がんの存在と、その検査を受けられるようになってきたことです。家族性・遺伝性の乳がんでは、局所の再発率がそうでない人に比べて高く、予防的切除を考える場合もあるので、乳房部分切除術よりも乳房切除術のほうが望ましいとされています。
私がアメリカから帰国して、日本の診療事情を改めて見直したとき驚いたのは、「まず温存ありき」というような、無理な乳房温存療法をしている施設が多いということでした。乳房が大きく変形して痛々しい姿の人もいました。乳房温存療法も乳がんにとって有効な治療法であることは間違いありませんが、それに偏るのではなく、患者さんごとに適切な方法を吟味し、乳房切除術+乳房再建も含めて検討してみることが大切だと考えています。
私はしこりの大きさや場所、進行度も含めて常に、乳房温存療法と乳房切除術の両方について説明し、患者さんの納得のいくほうを選んでいただいています。
乳房切除術を選択する際に知っておいてほしいことは、それによって全身の薬物療法が回避されるのではない、ということです。乳房切除術後に放射線療法を行うことはまれですが、薬物療法は、全身に散っているかもしれない見えないがんを叩く治療として必要になります。
●一期再建を行えれば乳房喪失感がない |
●「皮下乳腺切除術」「乳輪乳頭温存乳房切除術」により、自然な乳房を再建できる |
●局所再発(乳房内再発)の不安がない |
●乳房部分切除術と生存率に差はない |
●家族性・遺伝性乳がんの場合、同じ乳房の再発リスクがない(もう片方の乳房にはあり) |
治療の進め方は?
全身麻酔のもと、乳腺をすべて切除します。皮膚や乳輪乳頭を残し、乳腺だけ切除する方法も確立しています。最近は一期再建を望む患者さんが増えています。