大腸がんの「内肛門括約筋切除術(ISR)」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者赤木由人(あかぎ・よしと)先生
久留米大学 外科准教授
1957年、熊本県生まれ。85年、久留米大学医学部卒業後、同大第一外科入局。90年より社会保険久留米第一病院外科、大牟田市立病院外科を経て、96年渡米。テキサス州M.D.アンダーソンがんセンターに留学。98年に帰国し現職に至る。日本外科学会、日本消化器外科学会指導医・専門医、消化器がん外科治療認定医。日本大腸肛門病学会指導医、評議員ほか。

本記事は、株式会社法研が2012年6月26日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 大腸がん」より許諾を得て転載しています。
大腸がんの治療に関する最新情報は、「大腸がんを知る」をご参照ください。

がんを取り残さず、かつ、肛門の機能を残す「究極の肛門温存手術」

 肛門に近い場所にできたがんに対して行われます。
 肛門括約筋(かつやくきん)の外側にある外肛門括約筋を残すことで、排便機能を維持する手術法です。

下部直腸がんでも残せる!究極の肛門温存手術(ISR)

肛門の構造

 直腸がんで大きな問題となるのは、早期のがんでもできた場所によっては、直腸だけでなく肛門まで大きく切除する「直腸切断術」をしなければならない、つまり人工肛門(ストーマ)を設けることになる点です。
 直腸は長さ15~20cmしかなく、直腸と肛門の間の歯状線(しじょうせん)を越えるとわずか2cmほどで肛門縁があります。そのため、肛門に近い下部直腸にがんができると、直腸だけでなく肛門まで切除せざるをえないのです。肛門を切除した場合、人工肛門をおなかに造ることになりますが、人工肛門に抵抗をもつ患者さんは少なくありません。
 そこで最近では、下部直腸がんや肛門付近のがんに対して、できるだけ肛門を残す手術が行われるようになっています。それが究極の肛門温存手術と呼ばれる「内肛門括約筋切除術(ISR)」です。

●ISRの適応

・直腸では粘膜下層や固有筋層にとどまるがん。肛門管では内肛門括約筋にとどまるがん
・歯状線より口側にあるがん

肛門は内側と外側の二つの括約筋で締められている

 肛門括約筋とは排便時の肛門の開閉にかかわる筋肉のことで、内側には自分の意思とは関係なく動く(不随意筋といいます)内肛門括約筋(IS)と、外側には自分の意思で動かせる(随意筋といいます)外肛門括約筋(ES)があります。通常、肛門はこの二つの肛門括約筋によってしっかり締められていますが、便がたまって直腸の内圧が上がると、その刺激が神経を通って大脳に伝わり、便意をもよおします。それによって、無意識に内肛門括約筋が緩(ゆる)み、意識的に外肛門括約筋を緩めて便を排出します。
 従来の手術では、がんのある直腸を切除する際に、この内・外の肛門括約筋を切除し、肛門のあったところは縫い閉じておなかに人工肛門を造る方式でした。しかし、ここで取り上げるISRでは、内側の肛門括約筋のみ切除して、外側の肛門括約筋は残す方式をとります。温存した外肛門括約筋によって、肛門からの排便機能はある程度維持されます(術後の排便機能については下の表参照)。
 2003年からは内肛門括約筋と外肛門括約筋を切除する「外肛門括約筋切除術(ESR)」も行っています。この方法によって、これまでより、さらに多くの患者さんで肛門温存が可能になりました。
 当施設では2001年からISRを取り入れ、これまでに100例近い手術を実施しています。2001~04年にかけて患者さんの約半数以上で肛門を温存できるようになり、現在は85%の患者さんで肛門を残すことができています。ほかの施設で「肛門を残すことはできない」といわれて当施設を訪ねてきた難治例の患者さんが含まれているなかでの実績です。肛門温存率は全国的にもかなり高いほうであると思われます。

肛門括約筋を切除して肛門を温存するISRとESR

手術後の排便状態の変化

固有筋層、内肛門括約筋までにとどまっているがんが対象

 当施設で肛門温存手術(ISR、あるいはESR)が適応となるがんは、肛門縁から内側に2~4cmの範囲に発生したがん(外肛門括約筋への浸潤(しんじゅん)が浅い場合)です。一般のISRでは内肛門括約筋に浸潤するがんがあると肛門は残せないと判断して、ISRは行わないと思われていますが、当施設ではがんが歯状線ぎりぎりにあっても、浸潤が浅く内肛門括約筋を越えなければ周囲の筋肉層を部分的に切除して肛門を残します。
 ISRは、直腸では粘膜下層や固有筋層まで、肛門では内肛門括約筋までにとどまっているがんが対象になります。位置の条件を満たしていても、がんが直腸や肛門の壁を越えて深くまで入り込んでいる場合は、肛門を残すことが厳しくなります。

ESRの分類

納得したうえで肛門温存をするか決めることが大事

 当施設では肛門温存をするケースが多いのですが、基本的に、患者さんに温存を積極的に勧めることはありません。内肛門括約筋を切除して肛門を残す手術(ISR)では、統計的には10~20%の人に排便障害(便失禁)がおこります。そのため、手術前に「肛門を残した場合は生活面でこういうことがありますよ」と十分インフォームドコンセントを行い、また、「おなかをあけてみて思ったよりがんが広がっていたり、残せば絶対再発するとわかったりした場合は、肛門は温存できません」ということを納得していただきます。了承を得た患者さんにのみ、ISRを行います。
 手術後3カ月ほどは、同時に造設した一時的人工肛門をつけて生活してもらいます。肛門管と結腸を手術してつなぐと、術後しばらくは血流が悪くなり、縫合不全や感染症がおこることなどがあります。それを防ぐための一時的な処置です。

1980年代に始まった肛門を残すという流れ

下部直腸がんに対する術式の変遷

 現在でこそ、直腸がんの80%は肛門が残せる「肛門機能温存術」が可能になっていますが、そもそも直腸がんでは肛門をいかに残すかが長らく課題でした。
 直腸がんの手術の難しさは、自律神経を傷つけずに直腸とリンパ節郭清(かくせい)を行うことにあります。
 直腸は、骨盤内の狭い空間の奥に位置し、おなか側からアプローチするには非常に見えにくい場所にあります。そこには、直腸だけでなく、膀胱(ぼうこう)や生殖器などの臓器、動静脈とともに排尿や排便、性機能をつかさどる自律神経系(下腹神経、骨盤内臓神経、骨盤神経叢(そう))が張り巡らされています。
 このように骨盤内に密集している血管や神経、筋肉を傷つけず、あまり出血もさせずに直腸とその周辺のリンパ節を取り残しのないよう切除するには、精密な解剖学的知識と細やかで正確な技術が必要です。特に大きな腫瘍の患者さんや神経が細くなっている高齢者では、神経の位置がわかりにくいので処理が難しくなります。
 かつての直腸がん手術では、こうした解剖学的所見がまだ整備されておらず、どの神経を取ればどのような機能障害がおこるかもよくわかっていない時代がありました。術後の機能の問題より、周辺を根こそぎ取ることでがんを完全に切除し根治させることに、治療の重点が置かれていたこともあります。
 しかし、がんは根治できても、患者さんのQOL(生活の質)が大きく低下してしまうことを避けたいのは、患者さんのみならず外科医にとっても同じです。1980年代ごろから、神経温存に重点を置いた手術に流れが変わり、現在ではそれが基本となっています。がんに対して肛門部の筋肉切除を伴う肛門温存手術(ISR)については、オーストリアのシーセル医師が1994年に行ったのが最初とされ、わが国でこの方法が確立したのはつい最近のことです。しかし、外科医の間でも肛門温存手術(ISR)の概念が浸透しているとはいいがたく、標準的な手術ではありません。

●肛門温存手術のメリット・デメリット

メリット
肛門が残せる(人工肛門がない)
デメリット
排便機能が低下することがある
手術後のQOL(生活の質)が低下する可能性あり

下部直腸の早期がんでは局所切除術が行われる

 早期の直腸がんの場合、切除範囲を限定した「局所切除術」という方法があります。
 局所切除術には、「経肛門的切除(経肛門的直腸局所切除術)」と「経仙骨的切除(経仙骨的直腸局所切除術)」があります。
 経肛門的切除とは、特に肛門に近い下部直腸にがんができているときに用いられる手術で、開肛器と呼ばれる特殊な手術器具で肛門を広げて、肛門から電気メスを入れ、がんから少し離れた正常部位ごと切除します。じかに患部を見ながら手術をする「従来法」と、内視鏡を用いて切除する「経肛門的内視鏡下切除術(TEM)」があります。
 経仙骨的切除は、下部直腸の口側や上部直腸にがんがある場合を対象としていて、うつぶせになってお尻(しり)側の仙骨の横の皮膚を切開して、がんを切除します。
 最近では、腹腔鏡(ふくくうきょう)による手術も一部の医療機関で始められています。

直腸局所切除術

治療の進め方は?

 ISRは、腹部と肛門から直腸と内肛門括約筋を切除し、側方のリンパ節郭清(かくせい)をします。
 その後、結腸と肛門を縫い合わせます。

大腸がんの「内肛門括約筋切除術(ISR)」治療の進め方とは
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