直腸がんの「術前化学放射線療法」治療の進め方は?治療後の経過は?
- 渡邉聡明(わたなべ・としあき)先生
- 東京大学医学部附属病院 副院長 大腸・肛門外科科長・教授
1957年長野県生まれ。85年東京大学医学部医学科卒業。同年、同大附属病院第一外科医員、93年国立がんセンター中央病院大腸外科チーフレジデントなどを経て、97年東京大学医学部腫瘍外科助手、98年同講師、99年同助教授。2006年より帝京大学医学部外科教授に就任、11年同主任教授。12年1月より東京大学腫瘍外科客員教授、同年4月より現職。主な役職に、日本外科学会代議員・専門医、日本消化器外科学会評議員・専門医・消化器がん外科治療認定医、日本大腸肛門病学会評議員・専門医ほか。
本記事は、株式会社法研が2012年6月26日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 大腸がん」より許諾を得て転載しています。
大腸がんの治療に関する最新情報は、「大腸がんを知る」をご参照ください。
抗がん薬と放射線で根治と機能温存の可能性を高める
手術の前に抗がん薬と放射線を用いて、直腸がんの局所再発を予防する方法です。骨盤内臓器にかかわる神経を損なわずに根治率を高めます。対象となるのはステージII~IIIの直腸がんの患者さんです。
直腸がんにおける化学放射線療法の位置づけ
抗がん薬と放射線を組み合わせて手術前に行う集学的治療を、「術前化学放射線療法(CRT)」といいます。肛門(こうもん)に近い下部直腸の進行がんに対して実施します。
直腸がんの根治を狙うには、手術が基本となります。現在、手術単独で行うのが、わが国の標準治療になっています。
これに対し、術前化学放射線療法は、直腸がんで最も問題となる骨盤内の局所再発の予防と、後述する機能温存、その両方が期待できる治療として、取り入れる医療機関が増えてきています。
●化学放射線療法の特徴
・化学療法と放射線療法を組み合わせた治療法 |
・直腸進行がん(特に下部直腸)が対象 |
・骨盤内の局所再発を抑える |
・がんを小さくし手術しやすくする |
・欧米では標準治療だが、日本で行っているところはまだ多くない |
手術による側方郭清は機能障害のリスクが高い
わが国で一般的に行われている直腸がん手術は、「直腸間膜全切除術(TME)」+「側方郭清」です。わかりやすくいうと、がんのある直腸と、周辺にあるリンパ節と脂肪を含む腸間膜を一緒に切除するのが直腸固有間膜全切除術、付属リンパ節だけでなく腸間膜の外にある側方リンパ節も根こそぎ取ってしまうのが、側方郭清です。
リンパ節を徹底的に切除するのは、直腸がんは結腸がんと比べて局所再発のリスクが高いためです。その割合をみると、結腸がんの局所再発のリスクは1.9%なのに対し、直腸がんの局所再発リスクは7.6%と実に4倍にもなります。
大腸は1.5~2mと長い臓器ですが、大半が結腸で、直腸は約15cmしかありません。また結腸が腸間膜にぶら下がった広い腹腔(ふくくう)内にあり、付属リンパ節を取るだけでがんの取り残しが少なくなるのに比べ、直腸は狭い骨盤の中にあって、膀胱(ぼうこう)や生殖器に隣接しており、さらに排尿、排便、性機能(射精や勃起(ぼっき)など)にかかわる自律神経系や排便機能をつかさどる肛門括約筋(かつやくきん)なども密接して存在しています。がんを取り残してしまう可能性があるうえ、手術で自律神経系が損傷を受けると、重い合併症(排尿障害・排便障害・勃起障害・射精障害など)がおこってしまいます。
側方郭清によって根治率は高まりますが、がんが根治しても、重い合併症によってQOL(生活の質)が低下したまま生活を続けるのは、患者さんにとってはとてもつらいことです。
だからこそ、外科医は機能温存とがんの完全切除の両立を試みるわけですが、神経を傷つけずに残して、かつ、リンパ節を残さず切除するには高度な技術が必要です。機能を温存しようとするとリンパ節の切除が甘くなり、奥まで切除しようとすると神経を傷つけかねない――。このジレンマはほとんどの外科医が感じていることです。
術前化学放射線療法の有効性は確認されている
術前化学放射線療法では、側方郭清を行わずに、手術前に抗がん薬による化学療法と放射線照射をすることで、見えないがん細胞を攻撃し、リンパ節転移を防ぎます。抗がん薬と放射線との作用が側方郭清と同等の効果をもたらすため、手術は直腸固有間膜全切除術だけで済みます。
こうした方法は欧米ではスタンダードな治療として行われています(アメリカでは主に手術後に化学放射線療法を行う)。欧米は日本より手術成績がよくないこともあって、補助的な療法が発達してきました。
術前化学放射線療法の有効性については、スウェーデンやオランダで大規模な臨床試験により検証されており、手術+放射線併用群は手術単独に比べて局所再発を抑えることが確かめられています。この試験では放射線療法だけが対象でしたが、放射線単独と抗がん薬を併用したグループで検証したフランスの研究では、抗がん薬を併用したグループで局所再発率が低下していました。
腹腔鏡下手術の普及で採用する医療機関が増加
こうした結果を踏まえ、日本でも手術の精度の高さはそのままに、術前化学放射線療法を取り入れる医療機関が出はじめ、特に2000年代に入って増えています。
わが国の場合、術前化学放射線療法が増えてきた背景には、腹腔鏡下手術の普及が挙げられます。腹腔鏡下手術はおなかにあけた小さな孔(あな)(ポート)から手術器具を入れて、おなかの中で治療します。この手術で側方郭清まで行うのは手技的に難しいとされ、時間もかかるため、これを行っている医療機関はそれほど多くありません。その代わりに術前化学放射線療法を取り入れようという動きが増えはじめました。それによって、進行直腸がんに対して腹腔鏡下手術を行っても、より確実に神経を温存でき、QOLの維持とともに根治率を確保できるようになってきています。
術前に行うことで合併症を軽減する
また、最近では放射線の照射範囲をピンポイントで狙えるようになってきたことも、術前の放射線療法が普及してきた一因でしょう。以前は直腸の周囲だけに照射するのが難しく、まわりの小腸や膀胱などにも放射線が当たってしまい、それにより機能障害などの合併症が出る例も少なくありませんでした。今はCTやX線の画像による、照射前の治療計画も細かくなされるようになり、ピンポイントでの照射が可能になりました。そのため重い合併症をおこすことなく放射線療法を行えるようになりました。
放射線療法を手術後ではなく手術前に行うのは、局所再発の予防に加え、がんが小さくなる効果も期待されるので、手術の切除範囲が狭められるという可能性もあるからです。
術前化学放射線療法のメリットとデメリット
こうした局所再発を抑えることと、自律神経を損なわずに、排尿・性機能などを温存できることが、術前化学放射線療法の何より大きなメリットといえます。
また、患者さんによっては肛門を残せるようになったという報告もみられます。昨今は肛門温存手術の進展が著しいですが、それでも場所によっては永久人工肛門を造設する必要が出てきます。手術前に放射線を照射することでがんが小さくなり、それにより肛門が残せる可能性が出てくる場合もあります。
私自身もそうした患者さんをみてきています。ただ、この治療をしたからといって100%肛門を残せるというわけではなく、それを目的とする治療ではないことはあらかじめ患者さんに理解いただいています。
一方のデメリットですが、一つは手術前の治療に時間をとられてしまうこと、費用が余計にかかることです。抗がん薬や放射線の副作用もあります。放射線では照射中はまったく痛みも熱さも感じませんが、しばらくすると合併症が出てくることがあります。
放射線を照射した部分の組織は引きつったり、癒着(組織どうしがくっつくこと)をおこしたりするため、がんを切除するときに剥離(はくり)しにくくなることがあります。通常より手術が難しくなるといわれており、術前化学放射線療法を行う場合、その療法に慣れ、手術に習熟した外科医が担当する必要があります。
●メリットとデメリット
メリット骨盤内局所再発を予防 |
肛門(こうもん)機能の温存 |
手術まで時間がかかる |
抗がん薬や放射線による副作用 |
側方郭清の意味について正しく検証を
実はわが国では直腸がんの治療について、完全には標準化されておらず、さまざまな試みが医療機関ごとに行われています。術前化学放射線療法もその一つです。
何より、日本においては側方郭清、つまり側方のリンパ節を切除することのよしあし(生存率の延び)については、いまだに結論が出ていません。
だからこそ、合併症のリスクも、体への負担も側方郭清に比べて少ない術前化学放射線療法は、わが国ではもっと普及していくべきと考える人もいます。
さらに、その患者さんに放射線療法が必要かどうか、どんな薬が最も有効なのかなどが、もう少し具体的になれば、排尿・排便機能、性機能に余計なダメージを受けることなく効果的な治療を行うことができます。
今後はこうした個別化治療も含めて、術前化学放射線療法のあり方を考えていくことが必要です。
治療の進め方は?
まず放射線照射と抗がん薬治療を同じタイミングで行います。
この治療を28回行ったら、約6週間の期間をあけたあと腹腔鏡下手術をします。