肺がんの「完全胸腔鏡下手術」治療の進め方は?治療後の経過は?
- 宮本好博(みやもと・よしひろ)先生
- 国立病院機構姫路医療センター 呼吸器センター部長
1950年香川県生まれ。京都大学医学部卒業。京都大学胸部疾患研究所、京都桂病院呼吸器センター勤務、旧西ドイツ・ルアラントクリニク臨床留学、京都桂病院呼吸器センター医長、国立姫路病院(現国立病院機構姫路医療センター)呼吸器外科医長、国立病院機構姫路医療センター診療部長を経て、2009年より現職。姫路式と呼ぶ独自の胸腔鏡下手術方式を確立。現在、6名のスタッフ全員が胸腔鏡下手術の技術をもち、チームによる治療を行っている。
本記事は、株式会社法研が2012年3月24日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 肺がん」より許諾を得て転載しています。
肺がんの治療に関する最新情報は、「肺がんを知る」をご参照ください。
小さな開口部からがんを切除する
胸にあけた小さな開口部から専用の器具を入れ、モニター画像で内部を見ながら進める手術です。
開胸しないため体への負担が少ないのが最大のメリットとなります。
切開は小さな3カ所の穴のみ手術後の痛みが軽い
開胸手術では、がんの存在する肺葉(はいよう)や、がんが広がっている危険性のある周辺リンパ節を郭清(かくせい)(切除)するために、術者の手が入るよう、背中からわき腹にかけて約15~20cmの切開が必要となります。
これに対して、3カ所を1~2cm程度切開し、胸腔鏡(ビデオカメラ搭載)やハサミ、鉗子(かんし)などの手術器具を胸のなかに入れ、体外で器具を操作して切除を行うという手術法が、完全胸腔鏡下手術です。術者は、カメラが映し出す胸のなかの画像をモニターで見ながら、手術を進めます。
胸腔鏡を補助的に用い、直視とモニター視を併用して行う方法もありますが、ここでは、手術のすべてを胸腔鏡下で行う、完全胸腔鏡下手術について述べていきます。
胸腔鏡下手術の大きなメリットは切開部が小さいので、患者さんの身体的な負担が小さいことです。開胸手術に比べ、患者さんの術後の痛みや切開部からの感染症の危険性を軽減でき、より早期の回復、退院が可能になります。そのため、体力の衰えた人や高齢者でも、手術を受けることが可能になります。
また、開胸手術の場合には、通常1~2cmしかない肋骨(ろっこつ)の間を、開胸器(手術器具)で押し広げるため、これも術後の痛みの大きな原因となりますが、胸腔鏡下手術なら、この痛みもありません。
・手術の切開部が小さい |
・傷の痛みが軽い |
・手術創の感染がほとんどない |
・早期離床、早期退院が可能 |
・手術の映像が残るので、事後の検証が可能 |
適応はI~III期のがん 医師の熟練が必要な難しい手術
胸腔鏡下手術がもっとも適しているのは、開胸手術と同様、非小細胞肺がんの病期I期とII期で、がんが同一の肺葉内にとどまっている限局がんです。
ただし、限局がんであっても、直径が7cmを超える大きながん(T3症例)になると胸腔鏡下で切除するのは難しくなります。大きく切らず開口部が小さいことがこの手術のメリットですが、開口部が広く開かれない状態では、手術器具の方向に制限があるため、大きながんに妨げられて、肝心の血管や気管支の処理をする作業スペースが確保できないことがあるからです。胸腔鏡下手術は、胸腔という限られた空間で術野展開(手術を進めるための視野をつくること)が必要なため、あまり大きながんの切除には不向きといえます。
また、がんを含め切除した肺は、胸腔内で特殊な袋に収納して丸ごと開口部から取り出します。しかし、大きながんや片肺全摘(ぜんてき)などではせっかく小さな開口部で切除できても、そこから取り出すときに肋骨の間を広げなければならず、術後の痛みの原因にもなります。そのような場合には、痛みが残りやすい肋骨の間からではなく、肋骨弓下(きゅうか)(肋骨の下縁でおなかとの間)に別に切開を行って取り出すほうが術後の痛みは軽くなります。
がんの大きさだけでなく、がんの位置によっても胸腔鏡下手術が難しいケースがあります。大血管(大動脈、大静脈、肺動脈、肺静脈など)のある肺門(はいもん)部のがんは、がんと心臓の間の非常に狭い部分での操作になり、器具の方向が自由に変えられ、触診を併用できる開胸手術が安全です。また、この部分の手術には血管や気管支をつなぎ合わせる手術(血管、気管支形成術)が必要になることも多く、開胸手術のほうが高い精度で安全にこの処置が行えます。
さらに、がんが肺を越えて胸壁に広がっている場合(胸壁浸潤(しんじゅん)がん)は、肋骨への広がり方が手術ができるか否かを左右します。多くの場合、肺門処理(血管や気管支を切り離すこと)は胸腔鏡下でできても、胸壁を切除するための比較的大きな別の傷が必要になり、胸腔鏡下手術のメリットは限定的になります。
胸腔鏡下手術では、がん病巣や周囲の血管などの胸のなかの情報はモニター画面の2次元映像からしか得られないため、その読み取り能力が問われます。何より小さな開口部から器具を入れて遠隔操作で行う手術なので、医師の解剖学的知識や経験、技術の習熟が重要とされます。この手術に十分な経験を積んだ医師のいる施設は、まだ限られているのが現状です。
適応する | 肺野(はいや)(肺末梢(まっしょう)部)の小型がん。リンパ節転移の有無は問わない |
適応になりにくい | 肺門(はいもん)部のがん。胸壁浸潤(しんじゅん)がん。気管支形成が必要 |
適応しない | 巨大がん。広範な胸壁浸潤がん。血管形成が必要 |
「姫路式」はチーム型手術 4本の手で手術する
私が勤務する国立病院機構姫路(ひめじ)医療センターでは、健康保険適用になった2000年から、肺がん手術に胸腔鏡下手術を本格的に取り入れました。それ以来この手術のメリットを伸ばし、デメリットを克服すべく独自の改良を加え、「姫路式」と呼ばれる術式を確立してきました。
当施設では、技術的に可能と判断されれば病期にかかわらず、リンパ節郭清も含めてすべてを胸腔鏡下手術で行うのが基本となっています。現在では、当施設での全肺がん手術の90%以上が、この方式で行われています。
一般的に行われている完全胸腔鏡下手術では、3カ所の開口部のうちの1つから挿入した胸腔鏡を助手が操作し、術者が切除などを行いやすいようにカメラを移動させます。術者は残りの2つの開口部から1本ずつ、計2本の手術器具を入れて、両手で操作します。あるいは、もう1つ開口部を追加し、助手が肺をよけるなどアシストすることもありますが、ほとんどの手術操作を術者が一人で行うため、ソロサージェリーと呼ばれます。
これに対して、姫路式の最大の特徴は、開口部の数は3カ所と同じですが、胸腔鏡担当助手(スコピスト)はカメラでよい視野をとらえることに専念し、術者と助手は、おのおの1つの開口部から2本の手術器具を挿入するところです。助手が積極的に手術操作に参加し、常に胸腔内で4本の手術器具が働き、スコピストを含めた3人のチームプレーで、手術を進めていきます。手を胸腔内に入れ、触覚をもった複数の器具のように手指を使える開胸手術と、同レベルの手術をめざすための工夫です。
開口部はポート(助手の器具の挿入口)とウインドウ(術者の手術口)と呼ばれ、1~1.5cmのポートを2つと、約3cmのウインドウを1つあけます。
普通、胸腔鏡下手術では、切除すべき肺葉によって開口部の位置を変えることが多いのですが、姫路式では右肺、左肺、また、どの肺葉の切除であっても常に同じ場所に設置します。一定の位置から見る映像で、胸のなかの臓器や血管などの位置関係、開口部から操作場所にどのように手術器具をもっていけるかをしっかり把握しており、さまざまな位置のがんへの対応を繰り返しシミュレーションして、イメージトレーニングを行うのです。このため、実際の手術時にモニターに映し出される映像は、術者にとってほとんど想定されたものであり、その後の処置もスムーズに進みます。
治療の進め方は?
3カ所の開口部を設け、1カ所から胸腔鏡、2カ所から2本ずつの手術器具を入れ、モニター画像を見ながら、血管や気管支を処理。手術時間は1時間半から、2時間です。