切除不能の進行・再発胃がんに対する化学療法とは

朴成和先生
監修:国立がん研究センター中央病院消化管内科科長 朴成和先生

2018.2 取材・文 柄川昭彦

 切除不能の進行がんや再発胃がんでは、化学療法の適応となり、患者さんの状況によりさまざまな薬の組み合わせで治療が行われます。HER2陽性と陰性の胃がんの治療法の違いや薬の使い分けはどのようなものなのか。三次治療以降で推奨される免疫チェックポイント阻害剤の効果と副作用など、最新の胃癌治療ガイドライン第5版での改訂ポイントを合わせて解説します。

切除不能の進行・再発胃がん、一次治療の基本はフッ化ピリミジン系薬剤とプラチナ系薬剤の併用

 切除手術が適応とならない進行・再発胃がんに対して、第一に考慮される治療は化学療法です。

 2018年1月に刊行されたばかりの「胃癌治療ガイドライン第5版」には、進行・再発胃がんに対する一次治療として、数種類の「推奨される」化学療法のレジメンがあげられています。レジメンとは、投与する薬の種類や量、投与時間などを示した治療内容のことです。

 かつては「S-1+シスプラチン療法」が標準治療とされていましたが、そこにカペシタビン(製品名:ゼローダ)やオキサリプラチン(製品名:エルプラット)を含む併用療法が加わり、HER2陽性の胃がんにはトラスツズマブ(製品名:ハーセプチン)も使われるようになりました。さらに、フルオロウラシル(製品名:5-FU)+レボホリナート+オキサリプラチンの併用療法であるFOLFOX療法も加わり、選択肢が多くなっています。

 抗がん剤を組み合わせた併用療法がいくつも並ぶと、非常に複雑に感じられるかもしれませんが、実はそうでもありません。ここにあげられている併用療法は、「フッ化ピリミジン系薬剤」と「プラチナ系薬剤」の組み合わせになっています。フッ化ピリミジン系薬剤には、S-1、カペシタビン、5-FUなどの抗がん剤があります。プラチナ系薬剤には、シスプラチンとオキサリプラチンがあります。それらの組み合わせなのです。

 トラスツズマブについては、がん細胞の表面にHER2というたんぱく質が発現しているかどうかを調べ、HER2陽性の場合には、分子標的薬のトラスツズマブを加えます。この場合も、フッ化ピリミジン系薬剤とプラチナ系薬剤にトラスツズマブを組み合わせます。

 トラスツズマブを含む併用療法の第3相試験は、「カペシタビンまたは5-FU+シスプラチン+トラスツズマブ」で行われ、有用性が証明されています。その後、「S-1+シスプラチン+トラスツズマブ」の2つの第2相試験が行われ、いずれもカペシタビンを含む第3相試験と同様の有効性を示したことで、これも推奨されるレジメンに加えられました。オキサリプラチンを含む併用療法に関しては、現段階ではデータが十分にそろっていないため、今回は推奨されるレジメンには加えられていません。

表1:推奨される化学療法レジメン

一次化学療法
HER2陰性 HER2陽性
  • S-1+シスプラチン(A)
  • カペシタビン+シスプラチン(A)
  • S-1+オキサリプラチン(B)
  • カペシタビン+オキサリプラチン(B)
  • FOLFOX(B)
  • カペシタビン+シスプラチン+トラスツズマブ(A)
  • S-1+シスプラチン+トラスツズマブ(B)
二次化学療法
  • パクリタキセル毎週投与法+ラムシルマブ(A)
三次化学療法
  • ニボルマブ(A)
  • イリノテカン(B)

(A)効果の推定値に強く確信がある (B)効果の推定値に中程度の確信がある
胃癌治療ガイドライン第5版より

レジメンは、副作用や投与方法などを考慮して選択

 フッ化ピリミジン系薬剤とプラチナ系薬剤を組み合わせた併用療法は、基本的に効果はあまり変わらないとされています。そのため、患者さんの状態や、避けたい副作用、投与方法などによって選択することができます。

 たとえば、オキサリプラチンを含むレジメンを選んだ場合には、末梢神経障害による手足のしびれなどの副作用が問題となります。シスプラチンを含むレジメンを選んだ場合は、副作用の腎障害を防ぐための点滴による水分補給を行うために数日間の入院が必要となるのが一般的です。その点、S-1やカペシタビンは経口薬なので、オキサリプラチンと組み合わせた場合は通院治療が可能です。ただし、経口薬を含むレジメンは、経口摂取に問題がある患者さんでは、使いにくいこともあります。FOLFOX療法は経口薬を使わないため、食事をすることが難しくなっている患者さんでも選択することができます。

「推奨される」レジメンの対象外の患者さんのために「条件付きで推奨される」レジメンも

 「胃癌治療ガイドライン第5版」では、「推奨される」化学療法のレジメンのほかに、「条件付きで推奨される」化学療法のレジメンがあげられています。「推奨される」レジメンは、臨床試験において高いレベルで有用性が証明された標準治療です。標準治療という言葉は誤解されやすく、”並みの治療(特に優れた治療ではない)”だと思っている人が多いようです。しかし、実際には、それまでの最も優れていた治療と比較する臨床試験を行い、それに勝つか、同等以上であると証明された治療法が標準治療となります。並みの治療どころか、過去の臨床試験で勝った”チャンピオン治療”ともいうべき治療法なのです。

 したがって、標準治療である「推奨される」化学療法のレジメンによる治療を受けることのできる状態の患者さんであれば、それ以外のレジメンを選択する理由はありません。しかし、すべての患者さんが、それを選択できるわけではありません。たとえば、腎機能が低下している、腹水がたまっている、食事がとれない、他に合併症がある、などの理由で、標準治療が行えない患者さんも多くいます。

 標準治療を受けられない状況をいろいろ想定し、そういう患者さんにも使用できる治療法をあげたのが、「条件付きで推奨される」化学療法のレジメンです。標準治療に比べればエビデンスレベルは低くなりますが、最低でも第2相試験によって有用性が示されている治療法が選ばれています。

表2:条件付きで推奨される化学療法レジメン

一次化学療法
HER2陰性 HER2陽性
  • 5-FU+シスプラチン
  • 5-FU+レボホリナート
  • 5-FU+レボホリナート+パクリタキセル
  • S-1
  • S-1+ドセタキセル
  • 5-FU+シスプラチン+トラスツズマブ
  • カペシタビン+オキサリプラチン+トラスツズマブ
  • S-1+オキサリプラチン+トラスツズマブ
二次化学療法
HER2陰性 HER2陽性
  • ドセタキセル
  • イリノテカン
  • ナブパクリタキセル毎週投与法
  • ナブパクリタキセル毎週投与法+ラムシルマブ
  • パクリタキセル毎週投与法
  • ラムシルマブ
  • 一次療法でトラスツズマブの使用歴がない場合には上記化学療法との併用を考慮可能
  • 術後補助化学療法中および早期再発例については、術後補助化学療法
三次以降化学療法
  • 可能であれば、フッ化ピリミジン系薬剤、プラチナ系薬剤、タキサン系薬剤、イリノテカン、ラムシルマブ、ニボルマブの6剤を使い切る治療戦略を考慮
  • ただし、いずれの薬剤も前治療で増悪した後に同じ薬剤の使用を支持するエビデンスはなく、推奨されない

胃癌治療ガイドライン第5版より

二次治療ではラムシルマブの併用療法が臨床試験で一人勝ち

 進行・再発胃がんの化学療法では、がんが増悪し始めた場合や、副作用によって治療を継続することが困難になった場合には、そのレジメンによる治療を中止し、次の治療があれば、それを開始します。一次治療の「推奨される」レジメンが使用できなくなった場合に選択するのは、二次治療の「推奨される」レジメンである「パクリタキセル+ラムシルマブ」です。

 二次治療として、1種類の治療法しか推奨されていないのは、臨床試験によって、この治療法が他の治療法より優れていることが証明されているからです。ガイドラインの第4版では、二次治療として、パクリタキセル、イリノテカン、ドセタキセルという3種類の抗がん剤の単剤療法が推奨されていました。これらの治療は、効果がほぼ同等と考えられており、並列の関係で推奨されていました。「パクリタキセル+ラムシルマブ」は、パクリタキセル単剤療法との第3相試験において、さらなる有効性を示したため、ガイドラインの第5版ではこれが標準治療となりました。

 二次治療の「条件付きで推奨される」レジメンとしては、パクリタキセル、イリノテカン、ドセタキセル、ラムシルマブなどの単剤療法があげられています。患者さんの状況により標準治療が行えない場合には、これらのレジメンが選択されます。

 HER2陽性で、一次治療としてトラスツズマブを含む併用療法を行っていたのに効果がなくなった場合では、二次治療としてトラスツズマブは投与しません。乳がんの治療では、一次治療でトラスツズマブを含む併用療法を行い、一次治療が効かなくなった場合でも、二次治療でトラスツズマブを継続する治療が行われます。胃がんでもそのような方法がいいだろうと考えられていた時期がありますが、臨床試験が行われたところ、二次治療でも継続したほうがよいという結果は出なかったためです。まだ進行中の臨床試験がありますが、現段階では、トラスツズマブは継続しないことが推奨されています。

三次治療として推奨されるニボルマブとイリノテカン

 三次治療の「推奨される」レジメンは、ニボルマブ単剤(製品名:オプジーボ)とイリノテカン単剤です。かつては、パクリタキセル単剤とイリノテカン単剤が、二次治療と三次治療で推奨されていましたが、二次治療の標準治療が「パクリタキセル+ラムシルマブ」となったため、イリノテカンは三次治療で使われるようになりました。そこに、免疫チェックポイント阻害剤のニボルマブが、新たに加わりました。

 ニボルマブは三次治療以降の患者さんを対象とした臨床試験で、有用性が証明されています。この臨床試験に加わったのは、三次治療の人は2割程度で、四次治療の人が4割程度、五次治療以降の人が4割程度でした。それでも無治療(ベストサポーティブケア)に比べ、生存期間が延長することを証明したのです。しかし、これまでの化学療法では経験しなかった免疫に関連した重篤な有害事象が、頻度は高くなかったものの報告されており、注意が必要です。

 現在のところ、イリノテカンとニボルマブを比較した試験は行われていないため、どちらを先に使うべきかについては、明らかになっていません。ニボルマブに関しては、一次治療で使用するような臨床試験も行われているため、その結果によっては、使い方が大きく変わってくる可能性もあります。

標準治療を行っている医療機関で治療を受けることの大切さ

 医療の分野で、医療の質を具体的な数値として示すクオリティ・インディケーター(QI)が注目されるようになっています。エビデンスに基づく標準治療をどの程度の割合で実施しているかもQIの1つとしてふくまれていますが、胃がんの医療においても研究が進められています。

 ガイドラインで推奨されている標準治療とは関係なく、独自な治療を行っている医療機関があるとすると、当然そのような医療機関はQIが低くなります。進行・再発胃がんの化学療法に限らず、すべての治療は、最大の効果を得るためにも、安全に治療を進めるためにも、エビデンスに基づく治療が大切です。将来的には、QIが医療機関を選択するときの重要な指標となるかもしれません。

プロフィール
朴成和(ぼくなりかず)

1987年 東京大学医学部卒業
1992年 国立がん研究センター東病院 内視鏡部 医員
2002年 静岡県立静岡がんセンター 消化器内科 診療科部長
2010年 聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 教授
2014年 国立がん研究センター中央病院 消化管内科 科長、副院長

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