進歩する肺がんの最新薬物治療 プレシジョン・メディシンと個別化医療

2018.6:取材・文 柄川昭彦

 肺がんの薬物療法は、がんの治療の中でも特にプレシジョン・メディシン(精密医療)が進んでいます。その第一歩となったのは、2002年に承認された分子標的治療薬のゲフィチニブ(製品名:イレッサ)で、EGFR変異陽性の肺がんに有効であることが明らかになりました。その後、いくつものドライバー遺伝子が発見され、それに応じた分子標的薬が開発されています。その後、免疫チェックポイント阻害薬が登場しましたが、これに関しては、本当に有効なバイオマーカーがまだ見つかっていません。現在、世界中でその探索が進められていますが、見つかれば、免疫チェックポイント阻害薬でも個別化が進むことになります。プレシジョン・メディシンでは組織を用いた遺伝子解析が治療方針を決めるために必要ですが、将来的には血液を用いた遺伝子解析が主流となり、患者さんの負担が軽減されていくと思います。肺がんの遺伝子スクリーニングネットワークである「LC-SCRUM-Japan※1では、2017年12月から、肺がん患者さんを対象として血液による遺伝子解析を開始しています。

分子標的薬の登場が、肺がんの個別化医療の始まり

 肺がんに対する最初の分子標的治療薬として、ゲフィチニブが承認されたのは2002年のことです。この分子標的治療薬が、肺がんの個別化医療のきっかけとなりました。

 ただ、当初は効果を予測できるバイオマーカーが分かっていなかったため、患者さんに投与すると、非常によく効く人と、まったく効かない人がいました。そこでがん組織の遺伝子解析が進められ、EGFR遺伝子変異がある患者さんにはよく効くが、EGFR遺伝子変異のない患者さんには効かない、ということがわかってきました。

 ゲフィチニブは、奏効割合が70~80%、PFS(無増悪生存期間)がほぼ1年で、これは従来の抗がん剤治療の成績を大きく上回るものでした。さらに、毒性も従来の抗がん剤に比べて軽いこともわかり、肺がん治療における分子標的治療薬の有用性が世界中で認識されるきっかけとなりました。こうして、がん組織の遺伝子検査を行い、患者さんの遺伝子変異に対応する分子標的薬を選択するという個別化医療が始まりました。

希少ドライバー遺伝子に対する治療薬の開発

 正常な細胞のがん化に関わる遺伝子をドライバー遺伝子といいます。ドライバー遺伝子には、正常な機能を失う変化と新たな機能を獲得する変化があります。肺がんに関連するドライバー遺伝子として、EGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、BRAF遺伝子変異、RET融合遺伝子などが見つかっています

 非小細胞肺がんのうち、EGFR遺伝子変異がある患者さんの割合は、30~40%程度ですが、ALK融合遺伝子の割合は3~5%です。ROS1融合遺伝子の割合はさらに低く、1~2%程度です。

 遺伝子解析の技術が進歩したことにより、その他のドライバー遺伝子も次々と見つかるようになりました。ところが、それらのドライバー遺伝子は、いずれも肺がん全体のわずか1~2%にしか見られない希少な遺伝子でした。そのため、ドライバー遺伝子が見つかっているにも関わらず、治療薬の開発につなげられないという問題が生じました。EGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、BRAF遺伝子変異のように、それに対する分子標的治療薬が開発されれば、そのドライバー遺伝子を持つ肺がんには高い有効性が期待できます。ところが、その頻度が1~2%と希少な場合は、大規模な臨床試験を行うことが難しいため、治療薬の開発が困難になります。

 2012年に、日本で新たに発見されたドライバー遺伝子であるRET融合遺伝子もその1つで、肺がん全体の1~2%に見られます。肺がん全体のわずか1~2%しかいないのでは、1施設で見つかる患者さんが非常に少なく、従来の方法では臨床試験を実施することが困難でした。そこで、日本中で大規模に遺伝子スクリーニングを行い、患者さんを見つけ出して臨床試験につなげる仕組みを作ることにしました。こうして誕生したのが「LC-SCRUM-Japan(エルシー(Lung Cancer=肺がん)・スクラム・ジャパン)」です。

 日本における肺がんの罹患数は年間約13万人ですから、わずか1~2%といっても、日本全体では1000人以上は見つかることになります。そこで、まずEGFR遺伝子変異陰性の患者さんを対象に積極的に遺伝子スクリーニングを行い、RET融合遺伝子、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子が陽性の患者さんを見つけ出し、臨床試験につなげるということが行われました。この「LC-SCRUM-Japan」の活動がスタートしたのは2013年のことです。希少ドライバー遺伝子を持つ患者さんにも、効果的な治療薬を届けたいという思いから始まった活動です。

 全国的な遺伝子スクリーニングによって発見されたRET融合遺伝子陽性肺がんの患者さんは、バンデタニブ※2の臨床試験に登録されました。また、ROS1融合遺伝子陽性肺がんの患者さんは、クリゾチニブ(製品名:ザーコリ)の臨床試験に登録されました。こうして、肺がんのわずか1~2%に見られるドライバー遺伝子に対しても、それに対する治療薬を開発することが可能になりました。

 「LC-SCRUM-Japan」という全国的なスクリーニング基盤ができたことで、希少ドライバー遺伝子を持つ肺がんに対する治療開発は順調に進んでいます。

肺がんの分子標的薬(承認済)一覧

一般名(製品名)標的
ゲフィチニブ(イレッサ)EGFR
エルロチニブ(タルセバ)EGFR
アファチニブ(ジオトリフ)EGFR
オシメルチニブ(タグリッソ)EGFR
クリゾチニブ(ザーコリ)ALK/ROS1
アレクチニブ(アレセンサ)ALK
セリチニブ(ジカディア)ALK
ダブラフェニブ/トラメチニブ(タフィンラー/メキニスト)BRAF

免疫チェックポイント阻害薬の課題はバイオマーカー

 分子標的治療薬に続いて、肺がんの治療を大きく変えたのが免疫チェックポイント阻害薬です。がん細胞が免疫から逃れる機構に働きかけ、免疫細胞が攻撃できるようにする働きがあります。日本では、切除不能な進行・再発の非小細胞肺がんに対して、PD-1抗体のニボルマブ(製品名:オプジーボ)が2015年に、同じくPD-1抗体のペムブロリズマブ(製品名:キイトルーダ)が2016年に承認され、PD-L1抗体のアテゾリズマブ(製品名:テセントリク)が2018年に承認されています。免疫チェックポイント阻害薬の奏効割合は、単剤で使用した場合には15~20%程度とあまり高くありませんが、従来の薬剤とは異なる画期的な治療薬であることは間違いありません。

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プロフィール
後藤功一(ごとうこういち)

1990年 熊本大学医学部卒業
1900年 熊本大学医学部第一内科
1999年 国立がんセンター東病院 呼吸器科医師
2014年 国立がん研究センター東病院 呼吸器内科長
2014年 国立がん研究センター東病院 サポーティブケア室長併任
2017年 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科医療科包括腫瘍学連携講座教授併任

体幹部定位放射線療法(SBRT)

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