新型コロナウイルス感染症のパンデミックに伴う肺がん治療

2020.6 文:がん+編集部

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより医療負担が大きくなり、さまざまな影響がでています。そうした状況下で、新たにがんと診断された患者さんや現在がん治療中の患者さんは、治療の開始や継続に関して不安を感じている人も多いと思います。

 2020年2月28日公開のWHOと中国の合同レポートによると、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)であることが検査で確認され死亡した人のうち、がん患者さんの割合は7.6%(2月20日時点)でした。これは、心血管疾患(13.2%)、糖尿病(9.2%)、高血圧(8.4%)、慢性呼吸器疾患(8.0%)の患者さんに比べれば低いかもしれませんが、併存疾患なし(1.4%)、全体(3.8%)よりも高い割合です。また、中国の湖北省で入院した105人のがん患者さんと536人のがんではない患者さんを比較したレポートでは、がん患者さんの方が新型コロナウイルス感染症による死亡率が高く、臓器別にみると肺がん患者さんの死亡率は18.18%だったという報告があります。

 ここでは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックに伴う肺がん治療への影響について、ご紹介します。

日本癌学会、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会による新型コロナウイルス感染症とがん診療

 がん関連3学会(日本癌学会、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会)が協議の上、新型コロナウイルス感染症対策のワーキンググループを立ち上げ、がん患者さん向けに情報発信をしています。その中から、いくつか抜粋してお伝えします。

〇治療や受診の延期・中止について

 「特にがんの治療や受診の延期・中止に関しては、主治医に相談する必要があります。不安に思うことがあれば、自己判断をしないで、現在の状況に応じた適切な判断を主治医に聞きましょう。また、今後の治療方針や予定についても主治医に相談しましょう。多めに内服薬をもらえるか、熱が出たときの解熱剤をもらえるかなどについても聞いておくとよいでしょう」(日本癌学会ホームページより)

〇がんが疑われる状態での検査について

 「がんが強く疑われる場合は、予定通り検査を受ける必要がありますが、がんの可能性が低い場合は検査をある程度延期ができる場合もあります。主治医と良く相談してください」(日本癌学会ホームページより)

〇がん治療後の経過観察のための検査

 「流行期には延期できる通院は、延期を検討すべきです。治療後の患者さんで、定期的なチェックを受けられている場合でも、ある程度延期するといった対応が取れる場合もあります。担当の先生とよくご相談ください」(日本癌学会ホームページより)

欧州臨床腫瘍学会(ESMO)が推奨する、肺がんに対する優先度の高い診療、検査、治療

 新型コロナウイルス感染症の流行下では、医療崩壊が起こる可能性があるため、平時と同様にがんの治療が受けられるとは限りません。治療を受けることが、リスクとなる場合もあります。このウイルスによる重症肺炎が命に関わるというニュースを日々耳にして、特に肺がん患者さんは、不安も多いと思います。どのような場合に治療を優先させた方が良いのか、どのような場合なら治療を延期しても影響が少ないのか、延期するとしたらどの程度の期間延期ができるのかなど、正しい情報を「知ること」が不安解消の第一歩となります。ESMOでは、新型コロナウイルス感染症の流行下における、肺がん患者さんの診察、検査、治療の優先度をウェブサイトで公表しています。その中で、優先度の高い対象とされているものを見ていきましょう。

優先度の高い外来受診の対象

  • 呼吸困難、痛み、喀血(かっけつ)などの症状がある患者さん
  • ステージ2、3A、3B、転移がある非小細胞肺がんおよび小細胞肺がんの疑いがある患者さん
  • 治療管理のために外来受診した患者さん

優先度の高い検査の対象

  • 重篤な呼吸器症状および/または、臨床的に肺がんに関連した胸部、がん、治療関連の症状がある患者さん(呼吸困難、発熱の有無にかかわらず、咳嗽などの新たな呼吸器症状がある患者さんでは、CT検査が推奨されます)
  • ステージ不明またはステージ2、3、4の肺がんが疑われる患者さんに対しての、標準的なステージ分類を目的とした精密検査
  • ステージ3、4の肺がんの疑いがあるか、疑わしい結節または腫瘤がある患者さんに対しての生検
  • 治療開始から6か月間の積極的な治療反応の評価、または任意の時点で進行の疑いがある場合にその評価をするための検査
  • 臨床試験で事前に計画された画像評価のための検査

優先度の高い外科手術の対象

  • 胸水に対する胸膜癒着術(ドレナージ有/無)、心嚢液貯留(心臓とそれを覆う心外膜の間を満たす「心嚢(しんのう)液」が貯留した状態)、心タンポナーデ(心嚢液貯留により心臓の拍動が阻害される状態)のリスクがある患者さんに対する心膜癒着術(ドレナージ有/無)
  • 膿胸(胸膜に細菌感染症がおこり胸膜腔に膿が溜まった状態)、肺膿瘍(肺が炎症を起こして肺組織の構造が破壊されて空洞をつくり、そこに膿が溜まった状態)の除去術
  • 以下の肺がん患者に対する手術
    初回治療または化学療法後のT2N0※1
    初回治療または化学療法後の切除可能なT3/T4※2
    初回治療または化学療法後の切除可能なN1/N2※3
  • 診断目的の縦隔鏡検査、胸腔鏡検査、胸膜生検、内視鏡検査、診断やステージ分類などを目的とした経胸壁的精密検査などの外科的検査

※Tは、原発巣の大きさと周辺組織への浸潤の程度、Nはリンパ節への転移。「※1~3」の詳細は、https://cancer.qlife.jp/lung/lung_tips/article4671.htmlを参照

早期肺がんに対する、優先度の高い内科治療の対象

  • 限局型の小細胞肺がんで、ステージ1、2に対する化学放射線療法
  • 3か月まで手術の延期を可能にする目的で行われる肺がんステージ2の術前補助化学療法
  • 肺がんにて、T3/4※2またはN2※3の65歳未満で体力のある患者さんに対する補助化学療法
  • 発熱性好中球減少症のリスクが10〜15%を超えると評価された場合のG-CSF製剤※4の使用

※4:G-CSF製剤:顆粒球コロニー形成刺激因子。骨髄系の白血球細胞である顆粒球の分化や増殖を促進するための薬

局所進行肺がんに対する、優先度の高い内科治療の対象

  • 限局型小細胞肺がんステージ3に対する化学放射線療法
  • ステージ3の手術不能な非小細胞肺がんに対する、同時または逐次化学放射線療法
  • デュルバルマブによる治療(42日以内)開始
  • ステージ3に対する術前化学補助療法
  • 発熱性好中球減少症のリスクが10〜15%を超えると評価された場合のG-CSF製剤の使用

転移性肺がんに対する、優先度の高い内科治療の対象

  • 化学療法、化学療法およびがん免疫療法併用、がん免疫療法単独、または予後、がん関連症状、QOLを改善するためのチロシンキナーゼ阻害薬※5を含む「1次治療」
  • 病勢進行した患者さんに対する2次化学療法、またはがん免疫療法
  • 病勢進行した患者さんに対するチロシンキナーゼ阻害薬による2次治療
  • 最適な用量変更にもかかわらず、発熱性好中球減少症のリスクが10%を超える場合のG-CSF製剤使用についての検討
  • 免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-(L)1剤)の治療サイクルの変更(受診機会を減らす目的で、規制当局の許可の範囲内で、変更または遅延される場合があります)

※5:チロシンキナーゼは、細胞増殖のシグナルを伝達する酵素です。非小細胞肺がんでEGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子陽性の患者さんには、EGFRやALKに対するチロシンキナーゼが活性化しているため、がん細胞が増殖しています。こうした患者さんには、EGFRやALKに対するチロシンキナーゼを阻害する分子標的薬(TKI)による治療が行われます。EGFR-TKIとして、ゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブ、オシメルチニブ、ダコミチニブが国内承認されています。ALK-TKIとして、クリゾチニブ、アレクチニブ、セリチニブ、ロルラチニブが国内承認されています

肺がんに対する、優先度の高い放射線治療の対象

  • 化学療法の禁忌を伴う手術不能のステージ2〜3に対する放射線治療
  • 手術不能な非小細胞肺がんステージ2、3に対する同時(推奨)または逐次化学放射線治療(抗がん剤治療→放射線治療と連続して行う方法)
  • 限局型小細胞肺がんに対する同時(推奨)または逐次化学放射線治療
  • 上大静脈閉塞、著しい喀血(かっけつ)、脊髄圧迫、著しい骨痛、または重篤で緩和的放射線治療が可能な状態の患者さんに対する放射線治療

新型コロナウイルス感染症の流行下における肺がんの治療選択

 ESMOの発表では、高い優先度とする患者さんは平時と同様の治療が推奨されますが、優先度が中や低の患者さんでは、延期や経過観察となることもあり、不安になる人も多いと思います。例えば、ステージ2の肺がんでは、術前補助化学療法を行うことで3か月まで手術を延期することが可能と示されています。

 切除可能なT1aN0(ステージ1)の非小細胞肺がんでは、原則手術が推奨されますが、優先度は中であり、状況によっては手術がすぐには行えない場合もあります。手術ができない場合は、体幹部定位放射線治療(SBRT)が代替治療になります。また、精密検査や偶発的所見として見つかった以下の結節に対しても、手術ができない場合は、SBRTが代替治療となります。

  • 充実結節> 500mm3(およそ直径1cmの充実成分)
  • 胸膜由来の充実結節>10mm長
  • 充実成分を含むスリガラス陰影のうち充実成分>50mm3(およそ直径0.5cmの充実成分)
  • 既知の体積倍加時間(2倍の大きさになるまでの時間)
  • 既存のスリガラス陰影内に出現した新しい充実成分

 世界肺癌学会議では、新たに肺がんと診断された患者さんに対する手術の可否を次のように示しています。

 術前補助治療が終了している、あるいは新たに診断された充実型結節が認められる肺がんには、手術を行います。結節の充実濃度成分の程度、PET検査の結果、充実成分の大きさ、あるいはすりガラス成分の縦隔条件での消失割合などにより、手術を行うかどうかの判断が難しい場合がありますが、総合的な判断により延期の可否が決定されます。低リスクの早期がん、CT画像で微少浸潤が認められる腺がん、充実成分の比率が50%未満、3 cm以下の原発巣など比較的早期のがんでは、4週間の手術延期は可能ですが、腫瘍量が大きい場合(例えば4 cm以上、N1※6陽性、明らかなN2※7陽性)には、術前化学療法や化学放射線療法が推奨されます。

 高齢者や他に基礎疾患がある患者さんでは、新型コロナウイルス感染症の流行前と同じ基準で手術の可否は判断されますが、SBRTなどの有効な局所療法を行うことができる施設が近くにあれば、SBRTが推奨されます。

※6 N1:同側の気管支周囲かつ/または同側肺門、肺内リンパ節への転移で原発腫瘍の直接浸潤を含める。
※7 N2:同側縦隔かつ/または気管分岐下リンパ節への転移

早期非小細胞肺がんに対する手術の代替治療「SBRT」とは

 早期非小細胞肺がんは、可能なら手術が最も推奨される治療です。しかし、がん以外の重篤な病気を同時に抱えているケース、高齢で体力がないと思われるケースなどでは、リスクを鑑みて手術が行われない場合もあります。手術の代替治療として放射線治療が選択されることがあり、新型コロナウイルス感染症の流行下によるリスク回避のため、放射線治療の1つであるSBRTも代替治療となります。

 放射線治療は、がん細胞を殺すために放射線を照射する治療です。腫瘍はがん細胞が規則正しく並びきれいな形をしているわけではありません。がん細胞の周辺には放射線に弱い正常細胞が存在することもあり、そこにも放射線が当たることで起こる副作用が問題でした。今日、機器の高精度化、コンピューターの計算処理能力の高速化により、高精度に、腫瘍に対して適切な線量を投与しつつ、周りの正常細胞への線量を低く抑える治療が可能となっています。CT画像上で腫瘍や周りの正常細胞を定義して、それらに対する制限を指示することで、最適解をコンピューターに計算させた方法が、強度変更放射線治療(IMRT)です。また、多方向から放射線を照射するように改良されたのが、強度変調回転放射線治療(VMAT)です。さらにこれらの高い照射技術を用いて、大線量を短期間に行う治療法がSBRTです。

 肺癌診療ガイドライン2019年版では、ステージ1~2の非小細胞肺がんで、医学的な理由で手術ができない場合は、経過観察よりもSBRTが強く推奨されています。肺葉切除が可能なステージ1~2の非小細胞肺がんでも、患者さんが手術を希望しない場合は、SBRTが強く推奨されます。また、肺葉切除が不能なステージ1~2の非小細胞肺がんに対しては、縮小手術(区域切除または楔状切除)と同様にSBRTも提案されます。

 SBRTは、長期成績の報告も集まりつつあり、早期肺がんに対する治療選択として注目されています。新型ウイルス感染症の影響で、手術の中止や延期となった患者さんの治療選択の1つとなる治療法です。

 早期肺がんに対するSBRTの詳細は、以下2つの記事をご参照ください。

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