肺がんの「開胸手術」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者近藤晴彦(こんどう・はるひこ)先生
杏林大学医学部付属病院 呼吸器外科教授
1956年大阪府生まれ。東京大学医学部卒。三井記念病院外科レジデント、東大胸部外科医員等を経て、87年より国立がんセンター病院にて肺がん手術を中心とした外科診療に従事。2002年4月、静岡県立静岡がんセンター呼吸器外科部長、11年1月より同副院長兼任。2012年4月から杏林大学医学部外科教室(呼吸器・甲状腺)教授に就任。

本記事は、株式会社法研が2012年3月24日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 肺がん」より許諾を得て転載しています。
肺がんの治療に関する最新情報は、「肺がんを知る」をご参照ください。

胸部を切開して肺がんを確実に切除する

 肺がんの根治をめざす治療法で、胸部を切開し、がんを取り除きます。
 手術が可能かどうかはがんの状態と患者さんの条件により判断します。

肺葉切除とリンパ節郭清が肺がんの標準的な手術

肺全摘術と肺葉切除術開胸手術と完全胸腔鏡下手術の皮膚切開

 手術は、肺がんが早期で発見され、がんを取り除いて根治が期待できる場合に選択される治療法です。
 肺がんに対する手術は片側の肺をすべて切除する「肺全摘(ぜんてき)術」、右肺の3つ(上葉(じょうよう)、中葉(ちゅうよう)、下葉(かよう))、左肺の2つ(上葉、下葉)に分かれた肺葉(はいよう)単位で切除する「肺葉切除術」、さらに縮小手術と呼ばれ、肺葉の一部を切除する「区域切除」、「部分切除(楔状(くさびじょう)切除)」などに分けることができます。がんの大きさ、広がり、位置などによって、このいずれかの方法を選ぶことになります。
 このうち、肺葉切除術にリンパ節郭清(かくせい)(リンパ節の切除)を加えたものが、肺がんの標準的な手術となっています。
 私が以前、国立がんセンター中央病院(現国立がん研究センター中央病院)在籍時に調べたデータでは、がんが3cm以下で約30%の人にリンパ節転移があり、2cm以下で17%、1cm以下でも11%、10人に1人はリンパ節にがんがみつかっています。
 リンパ節は、肺内では気管支が枝分かれするつけ根にあり、肺のすみずみからリンパ管という細い管を通って流れてきたリンパ液が注いでいます。リンパ液はまた次のリンパ節へリンパ管を介して流れていきますが、この流れにがん細胞が入ると、肺のつけ根のリンパ節にがんが転移し、さらに、次々とリンパ液の流れに沿ってがんが広がる危険性があります。肺がんの手術では、このリンパ液の流れを考慮して、肺のつけ根までをブロックとして切除するとともに、がんが転移していく可能性のあるリンパ節を一緒に切除することが重要になってきます。
 肺がんの手術としては胸部の皮膚を切開し、術者が自分の目で目視しつつ手術を進める開胸手術が一般的です。かつては40cmほどの切開が普通でしたが、手術法や手術器具の進歩により、現在では半分以下の約15~20cmになっています。本格的に開胸する前に、数cm切開して胸腔鏡(きょうくうきょう)(内視鏡の一種)を入れ、患部を観察する場合もあります。また、開胸後も目視できない部分を胸腔鏡で見たり、手術中の患部のようすをモニターに映し出し、手術スタッフ全員で手術画面を共有しながら円滑に手術を進めたりする胸腔鏡補助下の開胸手術を行う場合もあります。
 そのほか、小さな数カ所の穴から胸腔鏡と長い手術器具を入れて体外で操作する、完全胸腔鏡下手術も実施されています。

●肺がんの切除方式
肺全摘(ぜんてき)術 片側の肺をすべて切除
肺葉(はいよう)切除術 肺葉の1つを切除。これにリンパ節郭清(かくせい)を加えた方式が、肺がんの標準的な手術
区域切除
部分切除
縮小手術と呼ばれ、肺葉の、がんのある一部分のみを切除

非小細胞肺がんの限局がんが適している

肺葉切除を受けられるがんの状態

 手術をするか、しないかは、がんの状態と、その患者さんの状況によって判断します。
 肺がんの手術は、非小細胞肺がんの病期I期とII期、つまり、がんが1つの肺葉内にとどまっている限局がんで、リンパ節転移がないか、転移があっても近くのリンパ節にとどまっているケースが適応となります。がんが同一肺葉や近くのリンパ節を越えて浸潤(しんじゅん)(隣接した場所に浸み出るように広がる)・転移しているIII期の局所進行がん、IV期の遠隔転移がんの場合は、原則的に手術は適応となりません。ただし、浸潤・転移が比較的軽度なIIIA期では手術の適応となることがあります。この場合は、放射線療法や化学療法(抗がん薬による治療)を組み合わせて治療を行います。
 先ほど述べたように、標準的な手術では原則としてリンパ節郭清を行いますが、本当にごく早期の肺がんではリンパ節郭清は不要と考えられます。日本人の肺がんの6割以上を占める腺(せん)がん(非小細胞肺がんの1つ)では、最近はごく早期の小さながんがみつかるようになってきました。CT画像で「すりガラス状陰影」(Ground Glass Opacity/GGO)と呼ばれる状態で、これに対しては、より小さな手術でも治せるのではないかと考えられています。

複数の診療科の医師によるカンファレンス

 そのほか、がんの広がりに合わせて、肺以外の気管や臓器も切除する「拡大手術」が行われることもあります。しかし、目標としたがんは切除できても、がんがさらに広がっていたり、患者さんへの身体的な負担が大きくなったりするため、適応は慎重に考えないといけません。
 小細胞肺がんでもI期で発見できれば、手術の適応となります。ただし、進行の速いがんのため、診断がついた時点で、すでに手術では取りきれないことが多いのが現状です。
 手術の最大のメリットは、がんを完全に取り除ければ根治が可能ということです。一方で、切開の範囲は小さくなってきているとはいえ、体に傷をつける必要があり、重要な臓器の一部を切除しなければならないため、術後には合併症の危険性を伴うというデメリットがあります。
 がんが小さくても肺葉やリンパ節を越えて広がっているケースもあれば、がんが大きくても肺葉のなかにとどまっているケースもあるため、患者さんの状態と合わせ、複数の医師による十分な話し合いによって最適な治療法を決めていきます。

患者さんの肺機能や心臓病、糖尿病などをチェック

 肺がんの手術を受けるには、患者さんの健康状態も整っている必要があります。肺葉を切除しても、残りの肺で呼吸できるか(肺活量は十分か、酸素を十分に取り入れられるか)、手術によって悪化しやすく、同時に術後の回復に影響する心臓病や糖尿病などの持病はないかなどを、事前に十分に検査し、想定される手術の難易度と合わせて、手術の可否を総合的に検討します。
 その結果、手術が適さないと判断されれば、放射線療法や化学療法が行われることになります。

●肺機能


 事前の確認がもっとも重要なのは、肺活量などの肺の機能です。通常、肺の機能が正常な患者さんでは、肺葉切除(5つある肺葉のうちの1つを取る)を行っても、ほぼ元どおりの日常生活に復帰できます。しかし、肺全摘術、とくに右肺全摘術では半分以上の肺の機能が損なわれることになり、残った肺では日常生活が難しくなるケースがあります。この場合、手術は不適応となり、放射線療法などを検討します。
 加齢とともに肺がスカスカになる肺気腫(はいきしゅ)の傾向がおこりますが、喫煙している場合はさらに肺気腫が強くなり、COPD(慢性閉塞(へいそく)性肺疾患)という病気に進んでいきます。肺がんの患者さんには喫煙者が多く、肺気腫傾向の患者さんも多いのですが、肺気腫が強い場合は、手術で肺を切除するとあとの生活に支障をきたすため、手術不適応になるケースがあります。
 肺の機能のうち、運動をした場合の余力を正確に調べるには、エルゴメーターという装置を使うことがありますが、私は患者さんと一緒に階段を昇ってみて患者さんの息切れぐあいを観察し、手術に耐えられるかどうかの目安にしています。

●心臓病


 肺と心臓は大量の血液が行き来し、互いに重大な影響を及ぼすため、心機能に関しては循環器の医師にも評価をしてもらいます。高齢の患者さんでは、冠動脈の血流を促すために、血管内にステントという細い管を入れ、血液を固まりにくくする薬を服用しているケースも多くみられます。その場合は手術中の出血に注意が必要です。

●糖尿病


 手術によるストレスで、手術後は糖尿病がなくても血糖値は上昇しやすく、糖尿病があればさらに上昇します。血糖値が上昇すると傷が治りにくくなり、感染もおこしやすくなるため、手術に致命的な影響が及ぶ事態も想定されます。
 このため、血糖コントロールを厳格にしたうえで手術に臨んでもらいます。

すりガラス状陰影はごく早期の肺がん

 胃や大腸のもっとも内側は粘膜で覆われています。胃がんや大腸がんの多くはこの粘膜に発生して、早期には粘膜内を横に広がるだけで内部に深くは広がりません。したがって、その段階でがんを内視鏡で削り取れば、がんは治ってしまいます。
 これに対して、肺がんは小さいものであってもリンパ節に転移しやすく、胃がんや大腸がんのようにはスムーズに切除できないことがめずらしくありません。肺がんにおける「粘膜にできるがん」は存在するのか。これは長年の課題でした。
 1990年代初めくらいから、肺がんで切除した肺を詳細に分析してみると、胃や大腸の粘膜内の早期がんに相当する小さな病変がみつかることがあり、そのCT画像を見直すと、濃度の薄い「すりガラス状陰影」であることがわかってきました。また、1cmにも満たないような、ごく小さい「すりガラス状陰影」は切除してみると、まだがんになっていない良性の腫瘍(しゅよう)であることのほうが多いともわかってきました。
 そこで、CTでの「すりガラス状陰影=早期の肺がん(または前がん病変)」と認識されるようになってきています。このタイプは病変の切除の際に、リンパ節に転移している危険性がないため、リンパ節郭清を行わずにすみます。
 高齢者では、ようすをみて、大きくなってきたら切除するという治療の選択肢もありえます。そのまま寿命を迎える可能性があるからです。

治療の進め方は?

 胸部を切開し、開胸器で肋骨間を広げます。手を入れて患部を触診し、切除範囲を確認して、がんの切除を開始します。
 手術時間はほぼ2時間半~4時間です。

肺がんの「開胸手術」治療の進め方とは
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