切除不能の進行・再発大腸がんの薬物療法(化学療法)と副作用対策
2018.8 取材・文:柄川昭彦
切除手術が行えない進行・再発大腸がんの治療に対しては、化学療法が行われます。大腸がんの化学療法は、薬剤の開発が進み、治療成績は大幅に向上しています。現在は、できるだけ質の高い生活を維持しながら、がんと共存して生きる期間を延ばすことが治療の目標となります。使用できる薬剤の種類も多く、治療法はその人に合わせて、さまざまな併用療法から選択されます。使用する薬剤に合わせた適切な副作用対策を行うことで、がんを抑える効果を得られる治療を長く継続できるようになっています。
進行・再発大腸がんの化学療法
手術の対象とならない進行・再発大腸がんに対しては、化学療法による全身治療が行われます。同じ消化器のがんでも、胃がんや膵臓がんでは、離れた臓器に1つでも転移があれば、薬物による全身治療が主流であると考えられ、局所治療である手術の対象ではなくなります。しかし、大腸がんの場合には、たとえば肝臓だけに1~2個の転移が見つかった場合も、手術の対象になることがあります。肝臓だけに転移している場合、大腸の原発巣と肝臓の転移巣を切除することが、治癒や長期生存につながることがあるからです。
転移巣がいくつまでなら手術の対象となるのかという、明確な基準はありません。ただし、転移巣の数が多い場合には、手術で切除してもすぐに再発してしまいます。そのため、転移巣が4~5個を超えているような場合には、一般的には初回治療としての手術の対象とはなりません。
手術の対象とならない大腸がんでも、化学療法がよく効いた場合に、手術の可能性が生じることがあります。たとえば、肝臓内の重要な血管にがんが浸潤していて手術はできなかった症例でも、化学療法によってがんが縮小し、肝臓の切除が可能になることがあります。そのような場合には、消化器外科と化学療法医で話し合い、手術の対象となるかどうかを検討します。
進行・再発大腸がんの化学療法の目標
手術の対象とならない進行・再発大腸がんは、化学療法を行わなければ、生存期間中央値(半数の人が亡くなるまでの平均的な期間)は約8か月とされています。1990年代までは、あまり有効な抗がん剤がなく、化学療法で生存期間を延ばすことはなかなか困難でした。しかし、その後化学療法が進歩し、現在では化学療法を行った場合の生存期間中央値は24~30か月とされています。
手術の対象とならない進行・再発大腸がんの化学療法では、より長い生存期間を目指して治療が行われます。しかし、ただ長ければよいというわけではなく、より質の高い生活を送れることが重要です。よりよい生活を、できるだけ長く送ることを目標に、適切な支持療法のもとでその人に合った副作用対策を工夫し、化学療法が行われます。がんと長く付き合っていくための化学療法です。
したがって、副作用を我慢してまで治療を優先する必要はありません。副作用がきつかったら、休薬することもあるし、薬の量を減量することもあります。また、家族との旅行の予定があるとか、誕生日のお祝いがあるといった場合には、投薬の時期をずらすことも考えます。そのようにして、生活の質を低下させないようにしながら、治療を進めていくことが大切です。
ただ、化学療法と生活の質に関しては、多くの人が誤解しています。抗がん剤は副作用が強いので、化学療法を受けると生活の質が低下してしまう、と考えている人が多いのですが、必ずしもそうではありません。がんに伴う症状がある人は、化学療法を行ってがんが縮小すると、症状が軽減して楽になります。がんが大きい場合や、がんに伴って痛みなどの症状がある場合には、化学療法をしっかり行って、がんを縮小させたほうが、症状が楽になりますし、それに伴って生活の質も改善することが多いのです。
もちろん、副作用を我慢してまで治療を頑張る必要はありませんが、化学療法を受けないほうが生活の質を高く保てる、と考えるのは正しくありません。化学療法を必要以上に恐れず、しっかり行うことが、よい状態で生存期間を延ばすことにつながります。
進行・再発大腸がんの化学療法の選択基準
大腸がんの化学療法で使用できる薬剤は何種類もあります。どのような薬剤を使って治療するかは、主に次のような要因を考慮して決められます。
▶患者要因
合併症の有無と種類、年齢、認知機能、治療への意欲、価値観などを考慮して、その人に合った薬剤を選択します。また、家族などケアギバー(患者さんのケアをする人)の有無や、通院距離(または時間)なども考える必要があります。通院で化学療法を受ける場合に、副作用が起きた際の対処を担うなど、ケアギバーの存在は重要です。
▶腫瘍要因
RASやBRAFといった遺伝子変異の有無、原発部位が大腸の右側(盲腸・上行結腸・横行結腸)か左側(下行結腸・S状結腸・直腸)か、転移の起きている部位、腫瘍の量、腫瘍に伴う臓器障害の有無、出血の可能性、穿孔の可能性、骨転移の有無などを考慮して、薬剤を選択します。RAS遺伝子変異のないタイプ(野生型)には、抗EGFR抗体薬セツキシマブ(製品名:アービタックス)、パニツムマブ(製品名:ベクティビックス)が使われます。原発部位が大腸の右側だとこれら抗がん剤の感受性が低く、左側だと感受性が高いことがわかっています。
▶治療強度
腫瘍を縮小させる作用は、使用する薬剤によって違いがあります。FOLFOXIRI(フルオロウラシル〔製品名:5-FU〕+レボホリナート〔製品名:ロイコボリン〕+オキサリプラチン〔製品名:エルプラット〕+イリノテカン〔製品名:イリノテカン〕)+ベバシズマブ(製品名:アバスチン)は、副作用は強めですが、腫瘍を縮小させる効果が高いという特徴があります。腫瘍が大きいことによる症状が出ている場合や、手術ができるようになる可能性がある場合には、副作用が強めでも治療強度の高い治療法を選択します。
進行・再発大腸がんの1次治療、2次治療以降の治療選択
基本となる併用療法として、FOLFOX(5-FU+レボホリナート+オキサリプラチン)とFOLFIRI(5-FU+レボホリナート+イリノテカン)があります。CapeOX(カペシタビン〔製品名:ゼローダ〕+オキサリプラチン)とSOX(S-1〔製品名:ティーエスワン〕+オキサリプラチン)は、FOLFOXの変化形で、5-FUの代わりに同系統の経口抗がん剤カペシタビンを使用します。
FOLFOXIRIは、FOLFOXとFOLFIRIで使用する抗がん剤を合わせた併用療法です。
効果を高めるため、これらの併用療法に、分子標的薬のベバシズマブを加えます。抗EGFR抗体薬のセツキシマブとパニツムマブは、がん細胞のRAS遺伝子を調べ、変異がない野生型の場合に使用します。現時点では、FOLFOXIRIにセツキシマブ、またはパニツムマブを併用することは,臨床研究の範疇になります。ベバシズマブは遺伝子変異にかかわらず効果を発揮し、経口抗がん剤のティーエスワンやカペシタビンとの併用でも有効性があることが証明されています。
BRAF遺伝子の検査も2018年8月から保険で行えるようになりました。BRAF遺伝子に変異のある大腸がんは、抗EGFR抗体薬が効きにくいので、変異があった場合、1次治療でセツキシマブやパニツムマブを使用すべきではありません。また、がんの性質が強いので、FOLFOXIRIにベバシズマブを併用した投与法が用いられることが多いです。
プロフィール
山口研成(やまぐち・けんせい)
1996年 埼玉県立がんセンター臨床検査部医員
1998年 埼玉県立がんセンター臨床検査部医長
2001年 埼玉県立がんセンター消化器科医長
2005年 埼玉県立がんセンター消化器内科副部長
2013年 埼玉県立がんセンター消化器内科科長兼部長
2015年 がん研有明病院消化器化学療法科部長
2017年 がん研有明病院院長補佐