直腸がんの「腹腔鏡下手術」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者黒柳洋弥(くろやなぎ・ひろや)先生
虎の門病院 消化器外科部長
1962年米国シカゴ生まれ。87年、京都大学医学部卒業後、同大附属病院消化器外科に入局。国立京都病院、米国のマウント・サイナイ病院、がん研有明病院を経て2010年より現職。日本外科学会認定医・専門医・指導医。日本消化器外科学会認定医・専門医、日本内視鏡外科学会技術認定医ほか。

(名医が語る最新・最良の治療 大腸がん 2012年6月26日初版発行)

肉眼より細かい操作が可能

 おなかにあけた複数の孔(あな)から、専用の手術器具を入れ、がんを切除します。
 直腸は骨盤の奥にあるので、高度な技術が必要とされる手術となります。

実は直腸がんに向いている手術法だった?

大腸がん手術はほぼ腹腔鏡下手術で行われている

 直腸は大腸の最終部にあたり、S状結腸の先から肛門(こうもん)までの約15~20cmです。ここでは、直腸にできたがんに対する腹腔鏡下手術について説明します。
 腹腔鏡とは内視鏡の一種で、腹腔(腹壁と臓器の間にある空間)の中を映す専用のカメラです。腹腔鏡下手術はおなかに数カ所、数mm程度の小さな孔をあけて、そこから腹腔鏡や鉗子(かんし)(患部をはさむ器具)、はさみなど専用の手術器具を挿入して、腹腔鏡が映し出す画像をモニターで見ながらがんを切除する手術です。
 わが国で大腸がんの治療として、腹腔鏡下手術が始められたのは、1992年ごろです。当施設では、96年に1例、97年に7例行い、98年から本格的に導入しています。
 直腸がんの腹腔鏡下手術は、いくつかの理由により、一般に結腸がんよりも難しいとされています。そのため、ガイドライン上では「直腸がんに対する有効性と安全性は十分に確立されていない」として、手術チームの決定に委ねています。
 直腸のある骨盤内には排泄(はいせつ)・排尿機能や性機能をつかさどる自律神経や血管、臓器(膀胱(ぼうこう)、男性なら前立腺(ぜんりつせん)、女性なら子宮や膣(ちつ))が詰まっています。直腸がんを切除するには、このように密集した狭い骨盤の奥深くにおなか側から手術器具を挿入して、腸を切り離したり、つなぎ合わせたりしなければなりません。
 腹腔鏡下手術専用の器具は細長く、おなかからの距離が遠くなればなるほど先の操作がやりにくくなります。複数の臓器や自律神経、血管がある骨盤内では、ちょっとした操作ミスでも臓器や神経、血管を傷つける危険性も高くなります。
 しかしながら、私は腹腔鏡下手術の経験を十分に積んだ医師が行うのであれば、むしろ、直腸がんこそ腹腔鏡下手術に向いていると考えています。少し専門的な言葉でいうと、骨盤内の直腸の剥離(はくり)、授動(じゅどう)術(内臓の位置を動かす)は従来の開腹手術よりスムーズに行うことができ、それは私も実感しています。
 腹腔鏡下手術では、腹腔鏡によって患部が拡大されてモニターに映し出されるため、肉眼よりも細かい作業がしやすく、がんやリンパ節をしっかり切除し、かつ、大切な臓器や神経を傷つけることも防げます。
 腹腔鏡下手術で必要になる直腸の細かい解剖図が頭に入っていれば、開腹手術では臓器に隠れて見えにくい、狭い骨盤の中を手探りで治療していくより、ずっと確実に、安全に、治療できると考えています。
 直腸の周囲には、排便や排尿の命令を伝えたり、性機能にかかわったりしている骨盤神経叢(そう)という神経の集合体があります。この神経叢の先端は直腸に張りついているので、腸と一緒に神経も切除してしまうと、排尿障害、排便障害、性機能障害といった合併症に悩む患者さんが少なくありません。
 以前は、開腹手術の場合、こうした細かい神経を残す手術が難しいこともあり、術後の機能障害が問題となっていました。現在では肛門や神経を残す手術が主流となっていますが、外科医の力量にも左右されるため、医療機関によって格差があるのではないかと思います。
 腹腔鏡下手術では患部を拡大し、かつ鮮明に見ることができるようになりました。それにより、神経の先端と直腸の境界に電気メスを入れて、両方を引き剥(は)がすという非常に繊細な作業が可能になった結果、神経を温存し、合併症を予防し、患者さんのQOL(生活の質)を維持できるようになったのです。

技術や経験から慎重に検討し、医療機関ごとに適応を決める

腹腔鏡下手術には適応しない条件

 私自身は、大腸がんに対しては、部位に限らず、ほぼ100%、腹腔鏡下で手術を行っています。十分に修練を積んだ外科医がいる医療機関では、標準的なガイドラインを超えていることを踏まえ、慎重な判断のもと、医療機関ごとに適応を決めているのが現状です。
 当施設では、適応しない患者さんの条件を決め(右の表参照)、治療選択に臨んでいます。

治療の進め方は?

 腹部に4~5カ所の孔(ポート)を設け、炭酸ガスでおなかをふくらませ、操作する空間を作ります。ポートから専用の手術器具を挿入し、腹腔鏡で得た映像をモニターで確認しながら、がんを切除します。

肛門機能を温存する低位前方切除術

直腸周辺の神経

手術の進め方

 術式は開腹手術とほぼ同じになりますが、一部、腹腔鏡下手術ならではの操作も必要です。もちろん、肛門や神経を残し、機能を温存する手術を行います。ここでは、下部直腸の進行がんに対する、腹腔鏡下直腸間膜全切除術(TME)による低位前方切除術の流れを説明します。
 まず、全身麻酔と硬膜外麻酔をした患者さんのおへそと左右の腹部2カ所ずつ、計5カ所を切開します。この切開部分はおへそが12mm、左右の上が5mm、下が12mmです。おへその孔は手術中にさらに切開して最終的には40mmほどになります。そこにそれぞれ腹腔鏡や鉗子などを入れるための筒を設置します。
 直腸は骨盤の奥、つまり背中に近いお尻(しり)側にあるので、手術器具を届かせるために、結腸がん手術の場合より、やや下側の腹部を切開することになります。その状態でおなかに炭酸ガスを入れて(気腹)見やすくします。
 続いて、手術台を傾けて患者さんの頭を足より低い位置にします(授動)。これによって小腸が上(頭)のほうに移動するので、視界が開けて、骨盤の中のようすがわかるようになります。
 ここまでの準備が整ったら、尿管や神経を傷つけないように腹腔鏡や鉗子を入れ、切除する腸に関係する栄養血管の処理を始めます。血管の根元をクリップで止めて出血しないようにしたあと、切り離します。
 次に、直腸の周囲を覆う腸間膜のうち、背中側の膜を結腸側から肛門側に向かって電気メスで剥がして、仙骨と分離させます。その後、直腸を固定している側方靱帯(じんたい)も電気メスで剥がします。この作業が特に大切で、TMEの基本的な処理になります。
 後方の処理が済んだら、直腸の前側の腹膜を剥がして、男性なら、精のう、前立腺と直腸の間を、女性なら膣と直腸の間を剥離します。最後に、がんより肛門側で直腸を切離し、おへその傷を約40mmに延ばして、切り取った腸を取り出します。
 あとは、開腹操作で直腸とつながっている細い血管を処理しながら、がんのある腸を左右にマージンをとって切除します。直腸と肛門をつなぎ合わせるのは自動吻合(ふんごう)器の役目で、これは肛門から挿入して腹腔鏡下で確認しながら行います。
 この手術にかかる時間は長いときは4時間ほどになりますが、早ければ2時間で終わります。

治療の手順

直腸のどこにがんがあるかで術式を選ぶ

 直腸がんの手術では、結腸側から直腸S状部、上部直腸、下部直腸の三つに分けて術式を考えます。直腸S状部の進行がんでは「(高位)前方切除術」を、上部直腸がんや下部直腸がんの上側(口側)では「低位前方切除術」を行います。肛門管に近い位置では「超低位前方切除術」となります。また、究極の肛門温存手術と呼ばれる「内肛門括約筋(かつやくきん)切除術(ISR)」も腹腔鏡下で行うことが可能です。
 直腸がんの手術の原則である、直腸間膜全切除術(TME)を前提とするところをはじめ、術式の選択や内容は開腹手術と変わりありません。側方郭清(かくせい)も腹腔鏡下で行います。

直腸の部位と術式

受診から入院まで10日 待たせない診療を目指す

入院から退院まで

 当施設では、診断がついてから手術までの待機時間をできるだけ短くすることに努めており、麻酔科医や看護師、病棟スタッフとの連携・協力のもと、受診から手術までを約10日以内に終えるという治療体制を整えています。
 手術数日前に入院し、血液検査など手術に必要な検査を受けます。また糖尿病や呼吸器の病気といった基礎疾患(持病)がある人は、しっかりと血糖値などをコントロールし、手術に臨めるよう体調を整えます。
 手術前日は食事はとらず(水やお茶は飲めます)、下剤や腸管運動促進薬で腸をきれいにしていきます。手術前日の21時以降は飲み物も禁止です。
 手術後は通常は病棟に帰りますが、重い持病のある人はICU(集中治療室)にて全身管理となり、病棟に戻るのは翌日になります。病棟に戻ったら、飲み物をとることができます。2日目から食事が始まります。初日は流動食から始め、五分がゆ、全がゆになります。また、できるだけ病棟内を歩くようにし、その距離を徐々に延ばしていきます。

直腸がん腹腔鏡下手術の基本情報

手術後1週間、早ければ4~5日で退院

 手術1週間後に血液検査と、X線検査で傷の治り具合を確認し、回復が順調であることがわかれば、退院です。経過がよければ、それより早い時期の退院も可能で、手術後4~5日で自宅に戻られる患者さんもいます。
 退院後は、2週間後に受診します。これは手術後の回復のようすをみるのはもちろんですが、そのころになると病理検査の結果が出るので、それをお知らせするという目的もあります。問題がなければ、その後は3~6カ月に1回、定期検査を受けます。

治療後の経過は?

 開腹手術よりも、傷は小さく、出血が少なく、痛みも軽減されます。入院期間も短くなり、合併症の割合も、開腹手術とほとんど変わらず良好な成績をおさめています。

治療成績は全国レベルでも良好

直腸がんステージ別生存率全国比較

 当施設では、現在、年間の大腸がん手術数370件のうち、99%以上を腹腔鏡下手術が占めています。直腸がんに限ると、手術数は146例、腹腔鏡下手術は99.7%になっています。
 治療成績は、ステージIは98.9%、ステージIIは91.7%、ステージIIIaは82.7%、ステージIIIbは77.3%となっていて、大腸癌(がん)研究会の大腸癌全国登録の成績と比較しても、良好かほぼ同等です。

2010年以降の縫合不全例はゼロ

 合併症の種類や出現する頻度については、開腹手術とほぼ同様です。
 直腸がんの手術で最も頻度が高い合併症は、縫合不全です。肛門を絞める括約筋が、つなぎ合わせた部分に圧をかけてしまうため、くっつきにくくなってしまうのです。その予防策として、当施設では手術後、肛門に管を入れる経肛門ドレーンで、ガスなどを抜くようにしています。
 ドレーンが入っている間は流動食となりますが、このおかげで縫合不全を予防できています。
 一般的には低位前方切除術を行うと5~10%の割合で縫合不全がおこるとされていますが、当施設では2010年10月以降、一例も縫合不全をおこしていません。それ以前も含めると、その割合は0.9%です。

下部直腸の進行がんでは手術前に放射線・抗がん薬

 当施設では、下部直腸の進行がんについては、手術前に放射線照射と抗がん薬による術前化学放射線療法を行っています。
 直腸がんは結腸がんと比較して、局所再発が多く、特に下部直腸ではその割合が高いことが問題になっています。直腸と周囲のリンパ節について肉眼的に完璧(かんぺき)に取ったとしても、やはり顕微鏡レベルでがん細胞が残っている可能性はゼロではありません。
 そこで手術前に補助療法として放射線照射と化学療法をしてもらい、見えないがん細胞をたたき、局所再発を予防しています。

手術時間は開腹手術と同等、術後の経過は勝る

腹腔鏡下手術実施率と根治率の推移

 直腸がんの腹腔鏡下手術が標準治療となるのは、まだ先かもしれません。標準治療として一般に普及するには、従来の方法と新しい方法とを比較して、有効性を実証しなければなりません。残念ながら、まだ直腸がんの開腹手術と腹腔鏡下手術を比較する臨床試験は始まっていません(結腸がんでは始まっています)。
 以前勤務していた病院(がん研有明(ありあけ)病院)での比較試験では、手術時間については、結腸がんでは開腹手術のほうが確かに手術時間が約30分ほど長くなっていましたが、直腸がんでは差はほとんどありませんでした。また、出血量では腹腔鏡下手術のほうが少なく、入院期間も短くなっていました。
 しかしながら、われわれの施設の考え方としては、腹腔鏡下手術は、大腸がんの手術を行うにあたっての、一つの手段、手技にすぎず、特別、特殊な手段とは考えていません。開腹手術、腹腔鏡下手術ともに、大腸がんを治療するためには必要な手術であり、患者さんの状態や考えに応じて、それぞれの特徴を生かしながら、適切に選択されるべきものと考えています。